odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

高橋正衛「2.26事件」(中公新書) 天皇親政を夢見た青年将校が起こした浅はかな政府要人暗殺テロ。事件後の軍部独裁国家は彼らの計画を採用して戦争にまい進する。

 1965年に出版された本書の冒頭では、この事件に参加した兵士たちが集まって死刑になったものを供養する催しの様子が書かれる。なるほど、1936年におきた政府要人暗殺事件に関与した兵士は20歳そこそこだとすると、1965年には50代半ばを超えたくらいか。存命なのも当然。のちに生まれた俺らのようなものは、1945年に大きな断絶があって、人が入れ替わったように思えてしまうが、それは誤りなのだ。彼ら生き延びた兵士たちからすると、前年1964年の東京オリンピックは1940年に開催予定だったが中止になった幻の東京オリンピックの復活に見えたことだろう。



 さて本書はこの事件を単体で取り上げ、とくに首謀者で死刑判決になった若者たちを追いかける。それでは、事件がこの国に及ぼした衝撃がわからない。そこに至るまでの経緯とその後の戦争との関係が見えてこない。そこで、
2023/01/13 江口圭一「十五年戦争の開幕 昭和の歴史4」(小学館文庫)-1 1988年
2023/01/12 江口圭一「十五年戦争の開幕 昭和の歴史4」(小学館文庫)-2 1988年
2022/12/23 藤原彰「日中全面戦争 昭和の歴史5」(小学館文庫)-1 1988年
2022/12/22 藤原彰「日中全面戦争 昭和の歴史5」(小学館文庫)-2 1988年
2023/01/24 加藤陽子「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」(朝日出版社)-3 2009年
などで1930年代を見通す知識を持つことは必要。

 本書から重要なところを抜き出してメモ。
日露戦争後、軍は独自の国防計画を樹立推進してきた。それを抑えるのは天皇統帥権。これを認めると、軍は政府や内閣などの指示下にあり、軍の指導が制限される(それを強化する天皇機関説は無茶苦茶な理屈で潰した)。そこで軍による独裁体制を樹立することをめざす。

日本陸軍は明治以降長州閥が支配してきた。昭和になって陸軍大学校出身のエリートが参謀や省都などをしめるようになり、長州閥を圧倒するようになる。彼らは満州事変や満州国の樹立などの策謀を行って、政府や内閣とは別の権力を持つようになる。

・これに反発したのが、隊付将校たち。年寄りの権力でいいように使われ、農村や家庭が疲弊していることを憂う(とはいえ農村や家庭を重視するのは、それが兵士の供給先であるからで、目的は軍事力の強化)。彼らは上にいるエリートを排除して天皇による親政にしたい(具体的な政権構想などなく、親政になれば問題解決と単純に考える宗教原理主義のようだ)。すでに似たような考えの極右や海軍士官などがクーデターに失敗し政府要人暗殺に成功しているが、罰が軽微だったので可能であると判断した。

・「決起」したら4日持たずに崩壊。部下の兵士にも見放される(というか、天皇の命令に従うという強い規範が農村出の若者にも内面化していた。教育勅語から45年もたつとそうか)。

 これによって、軍隊内の宗教原理主義で勝手に行動する「異端」がせん滅・排除された。その後の軍部独裁は粛清した宗教原理主義を採用して、植民地獲得と収奪の戦争にまい進することになる。
 1936.2.26の東京が深い雪に覆われ、そこに帯剣した兵士が早朝から駆け回るというイメージはどこかやくざの出入りにみえ、悲愴美をみることが多い。最近は海軍が「決起」の様子を当初から監視していて、場合によっては帝都内で砲戦も辞さないようだという資料もみつかったらしい。本書が出た当時では把握できなかった事情があって、事件は錯綜していた模様。研究者は資料の発掘と読み込みにいそしんでいる。でも素人からすれば、起きたことは要人暗殺のテロだけだった。「決起」した将校の思想も浅はか。事件のあとの政治のほうが日本の歴史には重要。
 この事件だけを取り上げても日本の全体主義運動や軍国主義化は見えてこないので、他の本も参照するべき。

 

高橋正衛「2.26事件」(中公新書)→ https://amzn.to/4cxV5Pt