2024/09/03 原卓也「ドストエフスキー」(講談社現代新書)-1 「ペテルブルク」「革命」「シベリア」「ロシア正教」がキーワード。入門用参考書として最適。 1981年の続き
前半分はドスト氏の前半生と外的な影響。後半はドスト氏の後半生と内的なテーマ。
恋愛 ・・・ ドスト氏の恋愛事情。1845年人妻エヴドキーヤに失恋。1855年人妻マリヤと求婚者と三角関係。57年結婚したが生活は不調。64年マリヤ死亡。1860年ポリーナと不倫、ヨーロッパ旅行。ポリーナとはうまくいかない(寝取られたりした)。1865速記者アンナ・スニートキナと出会い67年結婚。ドスト氏は屠蘇下女性好みで脚フェチ。サディズムとマゾヒズムを持っていて、被虐体験を快感に思ったりする。アンナとの肉を通じての魂の合一がドスト氏の理想。
(ドスト氏の小説にでてくるさまざまな恋愛モチーフはかなり実体験と自身の性格を反映しているのだ。)
癲癇 ・・・ ドスト氏は若いときから癲癇に怯え、長じてからは何度も発作を起こした。精神病理医によるとドスト氏は癲癇性格。作品のキャラにも多数登場(「家主の妻」「虐げられた人々」「白痴」「悪霊」「カラマーゾフの兄弟」など)。癲癇発作で記憶力が減退したので、ノートに記憶や想像をメモした。大量にメモを書いたので、長編は破綻なく、複雑な構成になったとのこと。
「ドストエフスキーの描く人物は、生の充溢と死とのはざまを、現実と幻覚の間を、絶対調和と暗黒の間をさまよい続け、死を超えた生を追い求める。そして、彼らを導きうるのは、ドストエフスキーによれば、ただ一人、真に美しい人、イエス・キリストだけだったのである(P152-153)」
(よいまとめ。俺が補足するなら、このモチーフには「神と人の掟の踏み越え」「新しい人に生まれ変わる」がある。)
賭博 ・・・ ぎりぎりのところに追いつめられると気分が爆発する。ときに負けることに快感を覚える。その快楽のためかドスト氏はながいことギャンブル依存症。最終的には克服。ここから著者はドスト氏の夢と幻覚に結びつける。そして分身テーマに言及。分身は作品の中のプロとコントラ(肯定と否定)を示す。
(シベリア流刑から帰還したあと、「分身(二重人格でもいいがそろそろドッペルゲンガーにしてはどうか)」の改訂ないし続編を考えていたとのこと。フーリエ主義を語らせたり、密告者にするとかのアイデアがあった。面白そう。)
子どもたち ・・・ ドスト氏は几帳面で清潔好きで、気難しく嫉妬深い。さらに子供好き(自分の子供の数人はすぐに死んでしまい、ショックを受けている)。彼は不幸な子供たちに深い同情・共感・憐憫の感情を持っている。子どもは聖なるもので、未来への期待である(「カラマーゾフの兄弟」ラストシーン)。なので、少女凌辱を激しく非難。神を殺す犯罪であり、いちばんおぞましく恐ろしい罪であるとする(なのでスタヴローギンを罰した)。
(その一方、少女婚には寛容。中年男が未成年の少女に求婚することを肯定的に描く。当時のロシアの習慣なのだが、ここは今日的ではない。)
出版からそろそろ半世紀にもなろうとしているので、古臭い内容になっているかと心配したが杞憂だった。せいぜいソ連崩壊前の情勢が今日にあわなくなっているところくらい。まあ21世紀の権威主義化したロシア国家はドスト氏がみた帝政ロシアに近いとも言えないことはない。あいにく21世紀のロシアにはドスト氏が考える宗教国家化は処方箋にはならない。むしろ周辺国への軍事侵攻を肯定する理屈に使われそう。なのでドスト氏を読むときは注意深くなりましょう。
ドスト氏をとらえる8つのキーワードはどれも適切。このキーワードは小説読解に役立ちます。
とりあえず全小説を二回読んだ俺からすると、もういくつかあってもいいかなとも思った。たとえば「金儲けと水晶宮」「神がかりと無神論」「性欲と女性差別」「父と子」「フーリエ主義と土着主義」「新しい人に生まれ変わる」など。これらは中級者以上の読者向けのキーワードなので、万人向きじゃない。あと、これらのキーワードは抽象的なので、評者がかってに展開してしまう危険がある。昭和のドストエフスキー論によく見られたが、ドスト氏の小説からも現実問題からも離れて抽象的な「自由」を好き勝手に書いていたように。
河出文芸読本「ドストエーフスキイ」(河出書房)-1 1976年
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