odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ジョン・ディクスン・カー「カー短編集 3 パリから来た紳士」(創元推理文庫)

 1945年戦後の短編を集めたもの。「パリから来た紳士」は本格的な歴史ミステリの「ニューゲイトの花嫁」と同じ年。このあたりから歴史上の人物を主人公にするという趣向が出てきたのかしら。シオドー・マシスン「名探偵群像」は初出が不明(初訳は1961年)。ジョセフィン・テイ「時の娘」は初出が1951年。


「パリから来た紳士」1950 ・・・ 1849年のニューヨーク。フランスから来た弁護士が奇妙な事件をかかえて居酒屋にやってくる。卒中で倒れ口を利けなくなった婆さんが遺言状を隠したのだが、行方が知れない。その部屋は入り口がひとつで、女中の監視下にあった。婆さんは目で玩具のうさぎと晴雨計を示している。さて、遺言状はどこに消えたのか。居酒屋で酔いどれている紳士が話を聞いただけで謎を解くのだが、さていったい誰かという謎もある。このふたつの謎を居酒屋と婆さんの下宿屋だけの少ない舞台で纏め上げているのが見事。最後の一行ですべてが解けるという書き方の勝利。

「見えぬ手の殺人」1958 ・・・ 海辺のリゾートで、別嬪さん(死語)が首を絞められて殺された。女は大きな岩の上にいたが、周囲は砂浜で足跡がない。さて、どうやって。フェル博士が出てくれば、彼のコメディアンの資質で雰囲気をのんびりさすので、現実的でない設定と解決でも納得できますな。このトリックは、別のラジオドラマに使っているのを思い出した。

「ことわざ殺人事件」1943 ・・・ ドイツ人の偏屈な博士が周囲と問題ばかり起こしている。英国情報部は彼をスパイとみなして監視下においた。ところがある日射殺されてしまう。彼を殺害した銃弾は、隣人の英国人紳士の持ち物だが、鍵をかけて持ち出せないようにしていた。さて、どうやって。時代のせいか、ドイツ人が悪役にみたてられる。うがった見方をすると、見かけではないものが本当のスパイよ、みんな気をつけてね、というメッセージもあるのかしら。

「とりちがえた問題」1945 ・・・ フェル博士とハドリー警部が散歩していると、私有地の持ち主が彼らに話しかける。彼の父と妹(ただし語り手は連れ子なので血縁関係はなし)が密室状態で殺害されたことを話す。父は耳に針を打ち込まれ、妹は目に針を打ち込まれたため。さてどうやって。最初の殺人の方法はよくわからなかったな。まあいいや。このシチュエーション(主人公に誰かが話しかけ、過去の事件を聞いただけで解決する)はブラウン神父ものを思わせる。

「外交官的な、あまりにも外交官的な」1946 ・・・ ベルギー国境付近のフランスのホテルで男は美しい女に惹かれる。何度もアタックして(死語)、ようやくデートにこぎつけるものの彼女は落ち着かない。コンパクトをなくしたといって、並木道のトンネルに向かった彼女は二度と姿を見せなかった。トンネルの反対側には、ドイツの高名な科学者が見張っていたというのに。ヒッチコック「39階段」の一挿話にでもなりそうな人間消失とスパイもの。並木道のトンネルというのは、西ヨーロッパの庭によくあるものなので、それがよい趣きをだしている。ああ、並木道のトンネルでの人間消失にはル=グイン「噴水@オルシニア国物語」にもあったなあ。

ウィリアム・ウィルソンの職業」1944 ・・・ 高貴な生まれで品のない女がマーチ大佐を訪れる。彼女のフィアンセがある会社から一瞬にして消えたというのだ。会社の名前は「ウィリアム・ウィルソン」。さて、何がおきたのか。カーはポーがすきなんだなあ。解決のあとのスマートなおちといい、これはショートショートのようなアイデア勝負の物語。

「空部屋」1945 ・・・ アパートの空き部屋からラジオの音が聞こえてくる。論文執筆に支障のでたチェイス博士は、その部屋を訪れて、ラジオの音を消した。翌朝、その部屋で恐怖のショックで死んだ弁護士がいた。かれは幽霊の出るというその部屋で一夜を過ごすつもりだった。うん、まず弁護士が部屋に入る動機はカーの諸作でおなじみ。そして、彼の死んだトリックは以前書かれたある長編のものだった。そしてチェイス博士は最初にラジオをかけているともくろんだ部屋で、学問のライバルでもある美しい女性と出会ったのだった。そしていきなり互いの論文に対する批判を開始する(夜12時ころだぜ)。ここは「連続殺人事件」の冒頭とおなじ。というわけで、カーのある種の特長が一同に介するコントなのであった。

「黒いキャビネット」 ・・・ ニーナはルイ・ナポレオンを憎んでいた。子供のときにナポレオン三世の暗殺失敗を目の当たりにして10年後、彼女は念願を果たす心地になっていた。その当日、例によって豪華な馬車でオペラ座を訪れるナポレオンに、彼女は花束を拳銃をもって近寄ろうとする。しかし、決行の直前、彼女はある英語を話す男に計画を見抜かれた。その男は実は・・・。テロリストの心情をつづったものとしては「悪霊」「蒼ざめた馬」などには及ばぬとして、二人の英雄的でロマンティックな気分が読者を刺激する。ああ、「二都物語」とか「紅はこべ」とか「鎧なき騎士」とか「ベルサイユのバラ」といった革命期を舞台にするエンターテイメントは事態の緊迫と恋愛の燃え上がりが主題なのだな。

「奇蹟を解く男」1956 ・・・ フランス育ちのお嬢さんが結婚前の花嫁修業でロンドン観光にやってきた。伯母の家で就眠中に、ガスが漏れて死に掛けるわ、セントポール寺院の会堂ではどこからか「お前は今日殺される」と脅しの声が聞こえる。この二つの「奇蹟」にでくわしたお嬢さんは、寺院前の階段でつんのめり、若い新聞記者とであう。二人で喫茶店でお茶して(死語)、すっかりお嬢さんにほれ込んだ新聞記者はH・M卿に相談しろと、持ちかける。そこにお嬢さんを監視するフランス系カナダ人がでてくるわ、口うるさいやかましやのオールドミスが二人のじゃまをするわと、もう大変。H・M卿は誰も自分を大事にせんと愚痴をたれながら、彼ら二人の若者の介添えをかってでる。40-50年代のカーの長編によく出てくるボーイ・ミーツ・ガールと巻き込まれ型サスペンスを同時進行するストーリー。主役の謎がシンプルなので、こういう中篇にしかならなかった。さて、カーはロンドン塔など旧跡を舞台にすることが多いのだが、この国でそういう例はあるかしら(あるだろうけど、自分はよく知らない)。現地を訪れなくても観光気分にひたれる旧跡の描写は異国の読者にはありがたい。あと、H・Mやフェル博士の人間くさいところはとりわけ愚痴っぽいところではないかとおもった。二人は自分が奇蹟を解決しても、鼻を高くするどころか、周囲の人がなんだそんな簡単なことかとぞんざいにされることに大いに憤っている。まあ、たしかにあまりに頭のよすぎる人はどうしてそんなに頭がよいのか周囲には理解できないからねえ。


 相当の時間を空けての再読。カーの短編は記憶に残る。たぶんそれは純然たる謎解きだけではなくて、多くの作品でもうひとつの物語も語っているからだろう。この感想では主にそちらのもうひとつの物語に焦点を当ててみた。見えてくるように、もうひとつの物語もしっかり起承転結を踏んでいることがわかる。そういう小説作法がカーの短編の特長だとおもう。