35年前の中学生時代に読んだときは、途中はとても面白かったのに、解決が判然としなくて後味が悪かった。再読したら、そのとおりの読み方でOKというのがわかった。1970年代だと探偵小説風味のユーモア小説というジャンルがなくて、あったとしてもカーは「本格もの一筋」という受け入れられ方だったから、そういう読み方をしなかったのだ(その点ではこれを本格推理のジャンルに入れていた創元推理文庫のおかげで、強い思い込みをもってしまった)。
妖気ただようスコットランドの古城に起きた謎の死。妖怪伝説か、保険金目当ての自殺か、殺人か? 密室の死に興味をそそられて乗り込んだフェル博士の目前で、またもや起こる密室の死。伝説と駄洒落、ウィスキーとチェックの国スコットランド。怪奇と笑いのどたばた騒ぎのうちにフェル博士の解いた謎は、意外な密室トリックと、意外な動機、さらに事件そのものも意外なものだった。
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488118105
そう、密室の謎解きなんかどうでもいいんだ。実現可能の詮索など野暮なことで、機械的でいいかげんであるほど、これがいろいろな過去のエンターテイメントを総合したたんに面白い読み物であることがきわだつ。どういうジャンルかというと、
・スコットランドの古城、幽霊、密室に現れる不可解な出来事ないしゴブリン。というわけで、これはまさにゴシックロマンスに、怪奇小説の世界。第2次大戦のドイツによるイギリス空爆が始まったころ(発表は1941年)で、灯火管制のおかげで周囲がまっくらというのがホラー趣味を増すことに成功。
・イングランドとスコットランドの愛憎関係はその世界にいないものには不可解なのだが、互いにその風習をコケにし、笑いの種にしている。ここでは、吝嗇で酒飲みのスコットランド人が揶揄されている。そこにくわえて、酷い目に合い続けるアメリカの新聞記者がいて、コメディーリリーフの役割をきっちりと果たしてくれる。さらに2回くりひろげられる深酒をくらったあげくの乱稚気騒ぎ。二日酔い明けのシーンから始まり、しとやかな女性が昨晩の様子を物語るというのが笑いを増加してくれる。
・その乱稚気騒ぎで起こるのが、フェンシングの真似事。ヒロイン(キャサリン・キャンベル)とヒーロー(アラン・キャンベル)はイギリス中世を専門にする歴史学者で、その薀蓄を語りだしたら止まらない。というわけで時代冒険小説も味付けに加わっている。
・そのヒーローとヒロインは学術雑誌上の論争(むしろblogの炎上というのがふさわしい)で犬猿の仲という設定。それが手違いで寝台列車の相部屋になり、行き先が同じ古城であり、事件に巻き込まれ、酒に酔っての醜態を互いに見せ合ううちに、愛が芽生えてゴールイン。というわけで、古典的な恋愛小説。ツンデレ風のお嬢さんの設定がよいですね。(このお嬢さん、プロポーズされたら怒りながら承諾するわ、酒を飲んだら猟銃をぶっ放すわ、と壊れっぷりがなんともいい。カーのこのころによく出てくるコンメディア・デ・ラルテのインナモラート、インナモラータの役割なのですね)。
・冒頭が列車に乗るシーンで、最後が列車から降りるシーン。とても映画的で印象深いなあ。飛行機だと座席に座りっぱなしで、偶然恋が芽生えるというのはありそうもない。でも列車なら社内の移動が自由で、食堂車なんかで会話ができるし。というわけで列車をうまく使っていた(ヒッチコックの「バルカン超特急」はこれ以前に製作されていたな)。
で、どういう事件で、誰が殺され、誰が犯人で、どのように犯行を行ったのか、だって? そんなことおぼえちゃいませんよ。
1941年作。
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