odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ジョン・ディクスン・カー「カー短編集 1 不可能犯罪捜査課」(創元推理文庫)

 1940年刊行のたぶんカーの第一短編集。探偵役はフェル博士でもメリヴェル卿でもなく、マーチ大佐。カーにしろクイーンにしろデビューからしばらくは長編を書いて、短編を書くようになったのは1930年代の後ろのほう。出版業界になにかあったのかしら。

新透明人間 ・・・ アイリッシュ「裏窓」のように向かいのアパートを覗き見する独身中年男が殺人を目撃する。空中に浮かんだ拳銃が発射されたとの由。しかし、その直後に現場に踏む込むと、死体も凶器もみつからない。長編「震えない男」と同じような状況でおきた不可能犯罪。ステットン編「密室殺人傑作選」に収録された傑作、ということになる。

空中の足 ・・・ 雪の降った夜に、離れ住まいの老女が襲撃され、金を盗まれた。足跡はひとつだけ。足跡のサイズにあう靴を履けるのは、夢遊病をもつ若い女性のみ。しかも生垣の上に大きな足跡も見つかった。「白い僧院の殺人」「テニスコートの謎」「貴婦人として死す」あたりと同じく、足跡トリックに挑戦。えーと、短編でなければ納得しないトリックですな。

ホット・マネー ・・・ 銀行強盗のあと盗まれた紙幣が密室から消えた。どこにあるのか。こりゃ、当時のイギリス家屋について知識がないと解けないよなあ。結末は駄洒落落ち。貴金属や紙幣の隠し場所トリックというのは、この時代が最後になるのかなあ。

楽屋の死 ・・・ ロンドンのクラブで大物詐欺師の摘発のために、警察が張り込んでいた。容疑者を監視していたところに、クラブのダンサーが殺された。そのとき、容疑者は席から離れなかったことがわかっている。死体を発見したのは、ダンサーの付き人と詐欺師に恐喝されている外交官の妹。さて、この不可能犯罪はどのように行われたのか。このクラブにはオーケストラがついていたのだが、どんな音楽を演奏していたのだろう。エリントン? ガーシュイン? ピアフの歌うようなシャンソン

銀色のカーテン ・・・ フランスの賭博場で一文無しになった青年が謎の男に声をかけられる。一万フランやるからついてこい。深夜の雨の中、謎の男は病院の前で短剣で刺殺された。周囲には青年一人しかいない。どうやって殺害したのか。同じトリックが「仮面劇場の殺人」で再現された。犯人が被害者に仕掛けるわながチェスタトン風でした。

暁の出来事 ・・・ 早暁、海水浴にきた男が突然倒れる。その男のもとにいくと、すでに死んでいる。しかし死体は海に流され消えてしまった。この男は破産寸前で心臓も弱かった。死体は海水着をきていて背中の心臓の後ろが破れていた。衆人環視のもとでの不可解な死、周囲に誰もいないのにどうやって殺されたのか。似たようなトリックがチェスタトンにあったように思うが思い出せない。以上、マーチ大佐の英雄譚。

もう一人の絞刑吏 ・・・ 19世紀のペンシルバニア。死刑囚の死刑執行直前に知事の執行延期命令が下る。しかし、死刑囚は留置場に戻った後、絞首されていた。死刑直前に恩赦のでた男に誰が「法」を執行したのか。のちに、法月倫太郎が同じ主題で短編を書いていたな。1940年代に1890年を書くのは歴史ミステリとはいえないだろうが、今読むとアブナー伯父とかノヴェンバー・ジョーのような西部劇探偵小説の趣き。

二つの死 ・・・ 学徒からベンチャー社長に転進した青年、あまりの働きすぎで神経症にかかったらしい。弟の医師の勧めで世界一周旅行にでかける。8ヵ月後に帰国したとき、彼が手にした新聞で自分が自殺した記事を読む。そして深夜に帰宅したとき、自室で彼は自分の死体を発見した。世界一周旅行が当時すでに販売されていた、という事実にまずおどろこう。解決は、まあ、江戸川乱歩が得意にするやり方だった。

目に見えぬ凶器 ・・・ 1660年ころ、クロムウェルの革命が頓挫した後の田舎のこと。所領の領主の娘をめぐり、旧貴族と新興の資産家が争う。まだ政権の安定していなかったために、資産家は不当に得た資産を失いそうになっていた。娘と貴族の婚約が決まりかけたころ、資産家が二人を訪れ、暗闇の中で旧貴族の青年が刺殺される。しかしいっしょにいた資産家青年の体および部屋のなかからは凶器(長さ18センチ、刃渡り3センチの短剣)はみつからない。どこにあったのか。この時代でなければ成立しないよなあ。たぶん、カーの歴史ものとしては最初期になるだろう。

めくら頭巾 ・・・ クリスマスの夜には、下男下女をすべて外出させるという奇妙な風習の家があった。そこを訪れた探偵小説家は古い衣装を着た女に、60年前、1870年ころの奇怪な殺人事件の話を聞く。今夜と同じ雪のクリスマスの夜に、ある女性が刺され焼かれて死んだのだった。彼女には婚約者がいたが、婚約者は別の資産家の娘にも色目を向けていた。その事件から数年後、事件のあった同じ部屋で、集まった男女(婚約者は資産家の娘と結婚し成功していた)が目隠し鬼をして遊ぶ。誰だかわからない女性が鬼になり、婚約者を追い詰める。ある寝室に二人で入り込んだ後、婚約者は死んでいた。鬼の女性の姿は見えない。最初の事件は合理的な解決があり、後の事件は不可解な状況のまま。ディケンズ「クリスマス・カロル」に端を発するかどうかはしらないが、クリスマスと怪談は付き物。これも探偵小説と怪奇小説アマルガム。あと、英国作家はクリスマスストーリーを書くのは一般的(クリスティ「ポアロのクリスマス」なんかを参照のこと)。


 これを最初に読んだのは1978年。その前年にカーが死去し、早川書房ミステリ・マガジンで特集が組まれた。今でも持っている。そんなのがきっかけでカーを全部読もうと考えたのだった。この短編集は夏に読んだことになっているが、自分の記憶と一致しない。まあ、いいや。なにかと混乱しているのだろう。
 クイーンはこれをカーの短編集の代表とみなしている。平均点は高い。でも、この一編という極上の作品はこの中にはなかったなあ。