odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ジョン・ディクスン・カー「皇帝のかぎ煙草入れ」(創元推理文庫)

向かいの家で、婚約者の父親が殺されるのを寝室の窓から目撃した女性。だが、彼女の部屋には前夫が忍びこんでいたので、容疑者にされた彼女は身の証を立てることができなかった。物理的には完全な状況証拠がそろってしまっているのだ。「このトリックには、さすがのわたしも脱帽する」とアガサ・クリスティを驚嘆せしめた不朽の本格編。
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488118112

 全体は四部構成。第1部は、イブ・ニールと前夫ネット・アトウッドの痴話喧嘩と殺人事件との遭遇。第2部は、当地警察署長ゴロンを中心にした捜査の報告。ここで探偵役キンロス博士が紹介され、イブが最重要容疑者であるとされる。第3部は、イブと婚約者トビイ・ロウズの話。ここでトビイの醜聞が発覚する。同時に探偵は重要な証拠を見出し、真犯人を見出す。第4部は、再び捜査のまとめ。キンロス博士のとっぴな行動(舞台はパリで、日帰りでロンドンに帰るとか、イブに証言をさせようとか)が語られ、ついに一同が集まっての大団円。真犯人を指差すところの情景はまさに探偵小説のひとつの型をみるように美しく決まる。
 普段のカーとは雰囲気が違う。イギリスの都市を舞台にするのではなく、パリ(とその郊外)。バンコランもののようなおどろしさはなくなり、ほとんど情景描写は行われない。おまけに1942年発表としながらも戦争の影はひとかけらもなく、ファシズムコミュニズムも語られない。それこそ19世紀のできごとのようだ(キンロス博士は馬車を使って移動するしね)。登場人物はまじめで、おかしな冗談をいうこともないし、ドタバタ騒ぎも起こさない。酒も飲まない。ユーモアとかファースとかそういう趣向は一切だにでてこない。というからには、フェル博士もメルヴェル卿も出番がないのであって、ほとんど無個性な心理学博士を探偵役にするしかない。
 というのも、ここにはもちろん不可能犯罪が取り上げられているのであるが、それは後から振り返ったときにわかるのであって、むしろ趣向は可憐な女性が理不尽なできごとに巻き込まれて窮地にたつという巻き込まれ方サスペンスのほうにある。そうなんだ、上記の構成をみるとヒッチコックの映画のようなストーリー。加えて、作者の視点はより人物に近いところにいて、普段のカーならまず読むことのない主人公の心理描写がたくさんある。おもにそれはイブという華奢ではかなげで意思堅固とはとてもいえない少女のごとき弱い女性の不安を描くものであった。彼女の心理が描かれるからこそ、真犯人のトリックが納得されるのであって、これが「連続殺人事件」のごときドンちゃん騒ぎの喧騒と自分の考えを激しく主張する人物の会話の中で仕掛けたのでは、それこそギャグであっただろう。シリアスな状況においてこそ成り立つ仕掛けであって、そこを江戸川乱歩は「苦しい」といったのではないかしら。
 この探偵小説はカーの代表作として有名ではあるが、カーの特長をほぼなくした状態でかかれた実験作みたいなものとおもう。「猫と鼠の殺人」死者のノック」と同系統の作で、最初期のひとつ。なので、できればカーのほかの作をたくさん読んでからこれに挑んだほうがいいと思う。多くのところで「名作」と評価されているが、最初に読むべき一冊ではない。(じゃあ何から読めばいいのよ!の声なき声には、「赤後家の殺人」「魔女の隠れ家」絞首台の謎」と答えよう。明日にはこのリストは変わるかもしれないが。)
 あと、これが名作とされるのはラストシーンのロマンスではないかな。そう、もちろん殺人事件の謎もあるのだが、このロマンスが成就するための伏線がいろいろ張られているのにも気づくことになる。そしてこちらの事件の結論は明示されない。ほのめかされるだけ。堅物の警察署長の行動もロマンス映画のラストそのもの。こういうところも楽しみたい。