第二次大戦下のロンドン、熱帯産の爬虫類、大蛇、毒蛇、蜘蛛などを集めた爬虫類館に、不可思議な密室殺人が発生する。厚いゴム引きの紙で目張りした大部屋の中に死体があり、そのかたわらにはボルネオ産の大蛇が運命をともにしていた。そして殺人手段にはキング・コブラが一役買っている。幾重にも蛇のからんだ密室と、H・Mのくみ合せ。
爬虫類館の殺人 - カーター・ディクスン/中村能三 訳|東京創元社
1870年からいがみあっている奇術師の一家があった。その4代目のケアリー・クイントとマッジ・バリサーは閉鎖される予定のロンドン動物園で出会う。そのときは口喧嘩の応酬だったが、動物園の一角の爬虫類館の館長一家に招かれ、殺人事件に遭遇したところから空気が変わる。その場は険悪な雰囲気で別れたものの、マッジが殺人未遂にあい、助けをケアリーに助けたところから、なぜか信頼を獲得する。しかし、出会うとやはり喧嘩になるのだが、同じ爬虫類館で巨大な蛇にマッジが襲われ、ケアリーが助けてからはもうあとは恋愛の成就に向かって一直線。マッジの所有する奇術向けのシアターで、古くから伝わる自動人形を紹介したときに二人は一様に真相を見抜いたのだった。
という具合に、サイドストーリーをまとめよう。これをツンデレといってもいいし、スクリューボールコメディといってもいいし、ともあれ、カーの長編には欠かせないボーイ・ミーツ・ガールの典型的な物語が同時に進行しているのだった。ろくな娯楽もなく、1940年9月でドイツの空襲が現実の危機になっている状況では恋愛の進行も早い。事件が起きてから、解決(あるいは二人の恋愛の成就)まで2日しかかかっていないのだから。
本筋の殺人事件の謎を説明しておくと、戦争の悪化は動物園で飼育する動物を殺すことを決定していた(この国の上野動物園でも同じ話がある)。それを潔しとしない爬虫類館の館長は私費を投じて、飼育動物を救おうとしていた。しかも怪しげなブローカーを使って、ボルネオとかスマトラの珍しい爬虫類を購入しようとしていた。H・Mが彼らに呼ばれた晩に、館長は鍵を掛け、扉に目張りをした状態で、ガス中毒で死んでいた。その晩、上記の女奇術師も自分のシアターで怪人に襲われ、翌日には爬虫類館の温室でコブラだかニシキヘビだかに襲われる。館長の娘は蛇毒研究の医学博士と相思相愛だし、館長が依頼していたブローカーは残った娘たちにしつこく付きまとって金をせびろうとするわで、いろいろな動機がありそうだと推測される。もちろんカーの文章は、こういう読者を紛らわせようとする布石をいろいろ打ってくるし、真相の鍵を大胆に書いておくわで、熟練の技をみせる。
ここにはカーの特質が顕著に現れている。a.不可能犯罪 ・・・ 通常の密室に加えて粘着性の紙テープによる目張り。どうやって犯人は脱出したのか。b.ドタバタ喜劇 ・・・ ほかの趣向の陰に隠れているけど、H・Mはトカゲに追いかけられるわ、蛇が腕に巻き付いてひきつくわと活躍している。c.恋愛 ・・・ 上記のとおり。視点はほれられる若い男性奇術師に集中している。d.怪奇趣味 ・・・ オカルトや超常現象の怪奇趣味はないかわりに、トカゲなぞヘビなぞの爬虫類が大集合。ある種の人にとっては幽霊よりも怖いかもしれない。という具合に、カーの特長が際立っている。ここでは不可能犯罪のトリッキーな解決に加え、意外な犯人ところでも健闘している。というわけで、これはカーを読みたいという読者に最初に提案してよい一冊なのであった。
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さて、真相とは関係ないところで、機械仕掛けの人間というのがでてくる。これは1870年代に奇術師一家の初代が考案したもの。舞台に観客を上げてホイストあたりのカードゲームを実演した。下半身はガラス張りの円筒であるというギミックだったという。というわけで、すぐさまポー「メルツェルの将棋指し」と想起すると同時に、西村真琴博士の「學天則」も思い出そう。
なお、発表は1944年であるが、舞台は上記のとおり1940年9月。ナチの爆撃機のエンジン音と落下する爆弾の空気を切り裂く音が読者の誰にも聞こえてくるようであった。この音はのちに、マルコム・アーノルドがホフナング音楽祭のために書いた「大大序曲」に反映しているのである。
マルコム・アーノルド A Grand, Grand Overture - Last Night of the Proms 09
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