odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

アラン・ミルン「赤い館の秘密」(集英社文庫) 人物がやわらかくて暖かく悪人の一人もいない世界で起きた田舎のおとぎ話。

 「《くまのプーさん》で夙に知られる英国の劇作家ミルンが書いた唯一の推理長編。それも、この1作でミルンの名が推理小説史上に残った名作である。暑い夏の昼さがり、赤い館を15年ぶりに訪れた兄が殺され、家の主人は姿を消してしまった。2人の素人探偵のかもしだす軽妙な風味と専門家はだしの巧妙なトリックは、通人の珍重するキャビアの味と評されるゆえんである。 」
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488116019

 いつのことだったのか、創元推理文庫で読んだのだった。もしかしたら中学2年生あたりか?そのとき初めてミステリにであった少年はこの謎に夢中になったのだった。とりわけ、夜中、ギリンガムと相棒(誰だっけ? 数日で記憶をなくす私)が容疑者の証拠隠滅を見張るシーンにぞくぞくしたものだった。あわせて、池に浮かべたボートの位置を把握するのに、前方と横の杭の数を覚えておくという方法。ちょうどユークリッド幾何学を勉強中だったものだから、「そういう応用ができるのか」と興奮したね。数字を覚えるのに四苦八苦、自信満々でギリンガムに報告するところがおかしい。今見るとありきたりの犯行トリックにも、興奮したものだった。
 おかげで30年ぶりの再読のときも、なつかしいできごとを再体験するようなもので、最初の数ページで解決をすっかり思い出したのだった。そうして読むと、うん、優れたイギリスの田舎小説だな、人物の描き方がやわらかくて暖かく、悪人の一人もいない世界のおとぎ話のできごとだった。これにくらべると、同時期のクィーンやカーなんかは陰惨な都会の話。1920年代のモダニズムの時代では、ミルンはやはりオールドスタイルだ。ノックスにも共通するようなスタイル。
 ギリンガムという人物も面白くて、若くして遺産を受け継ぎ、働く必要はない。世界を行脚して面白い体験をしては、こうして知恵を貸すことに楽しみを見出す。精神の貴族であるのだな。のちに金田一耕助やものぐさ太郎で再現したのだった。
 そうだなあ、中学生が読む本としては傑出しているなあ。大人の世界に憧れをもてるし、自分が頭が良くなったような気持ちになるのだから。

    

 レイモンド・チャンドラーが「赤い館の秘密」を批判している。参考エントリーは2016/05/28 レイモンド・チャンドラー「傑作集 2」(創元推理文庫)