odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ガストン・ルルー「黄色い部屋の謎」(創元推理文庫)

 1900年になったばかりの時代の探偵小説(1907年作)。
 主要登場人物の一人、スタンガースン博士の研究テーマは「電気作用による物質の解離」「帯電物質に紫外線を照射して疲労を測定する方法」「差動蓄電式検電器」というものだった。最初のは、のちの密室での人間消失をひっかけていると思う。二番目はおそらく蛍光物質を扱ったものか。最後のは、よくわからない。
 この時代は、相対性理論量子力学のまだ発見されていないころだ(特殊相対性理論1903年の完成であるがアインシュタインノーベル賞ももらっていない。量子力学1920年代になってから)。その一方では、マイケルソン=モーリーの実験がすでにあったり、キュリー夫人らによる放射性物質の研究が開始されたり、メンデルの法則の再発見があるなど、19世紀の科学の枠組みを壊すような研究が開始されているころ。ルルーが考案した疑似科学も、その当時の通俗化された科学知識に基づいて構築されているはず。上記のスタンガースン博士の研究も当時の科学をそれなりに反映しているはずだ。すくなくとも、ニュートン力学的世界像が崩れつつある時代のもの、とくにこの当時の物理学の状況に即応しているだろう。また、化学と物理学の厳密な区別が発生していない状況でもあるようだ。
 スタンガースン博士は、いくつもの発明・特許権を持っている。それを使って大もうけすることができる、あるいは人々を幸福にできる技術を持っている。注目することは、特許権を運用する法制・学会・産業などの制度が確立していることだ。音楽著作権の発生あたりから類推すると、これらの制度化は1830年代かと思う。知識を国家に統一管理していく仕組みが、1900年初頭には通俗文学であたりまえに記載されるまでに、運用されているわけだ。
 しかもスタンガースン博士は科学者(組織に所属するのか、資産家の趣味だったかは不明)という職業についている。科学を教育・研究する大学の設置は上記同様に1830年代ころからのできごとで、ドイツが先駆になっている。驚くことに次は日本(東京帝国大学の設立は1870年代)。フランスはおそらく普仏戦争以後、ドイツの大学制度を移植し、既存の大学に科学の研究室・講座を設けていたはずだ。その一方、貴族などの資産家が余暇に科学研究をするという状況もある(ダーウィンが典型。ただしこのときの研究テーマは博物学が主)。したがって、スタンガースン博士はどちらでもありうるのだ。ポイントは「科学者」という職業がこの時期にはすでに誕生していたということ。この職業が成立するには、国家・大学の制度、企業にその必要性が認識されていること、実際に利益をもたらす効果が現れていることなどが必要で、その基盤がすでに1900年初頭にあったということだ。
 当時は指紋・血液型は刑事事件の証拠に採用されていなかった(採用されたのは前者が1910年代、後者は1930年代:と1985/1/11に書いているのだが、本当か? それこそ探偵小説への登場時期からの類推かしら)。だから小説内の事件捜査ではこれらは検討されていない。特に最初の事件では、被害者は出血しているが、捜査された様子はない。ついでに家庭内に電気がひかれ電燈が灯るようになるのはもう少し後の話。第一次大戦後のことになる。したがって、当時はランプかロウソク、ガス灯くらいの薄暗い室内だった(だから第2の衆人環視内での犯人消失トリックが成立する)。警察は科学的組織的な捜査をしていないようだ。だから、ルールタビーユもラルサンもホームズのような素人が捜査に立ち会える(注.と過去に書いているがそれは小説化した設定のはず)。
 物語とは無縁のこれらの諸点にこだわったのは、ひとつの通俗読み物から当時と今日、そして当時を支える過去の状況が見えてくるということ。物語ることにだけこだわる通俗読み物であるからこそ、このような社会状況が見えてくるのだということ。通俗読み物ひとつに交差するさまざまなできごとを、読み物から見つけること。
 スタンガースン博士は通俗読み物に登場するからこそ、その言動はとても漫画的だ。誇張されていて、典型になっているということで。ここから考えたことは、「スタンガースン博士」はどのような研究者モデルを始祖とするのだろう。とりあえずは、シェリー婦人の「フランケンシュタイン」とポーの諸作に登場する科学者たちだろう。同時期の科学者としては、ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」のヘルシング博士。では、その後継者はだれか。探偵小説ではヴァン・ダインのディラード教授(僧正殺人事件)。こういう探偵小説に現れる科学者の研究内容と当時の科学の状況を照応する作業もおもしろそうだ。
(1985/1/11の記述を参考にして2003/1/11記)
 約四半世紀を経ての再読。古い小説は読みなれてはいても、こいつの冗長さにはまいった。ルブランの冗長さもつらいのだが、これはさらに輪をかけてのつらさだった。たしかにこの時期、映画もなければラジオもない。ストーリーを追うことに慣れていない読者層のためにはこのくらいの親切さが必要だったのだろう。この分野の開拓者としての敬意は払うのだが、今回はしんどかった。半分くらいに編集しなおし、かつ同様に短縮した「黒衣婦人の香り」といっしょにして出版すれば読者はつくかもしれない。あと「奇巌城」で書き忘れたが、「奇巌城」の主人公ボールトレはルールタビーユのライバルであった。
 感想はだいたい上と一緒。もはや犯人の名前も、犯行方法も知っていての読書になったので、どのように伏線が張ってあるのかと読んでいた。もしかしたらそのテクニックは、同時代の探偵小説作者よりも下手だったかな。それでも、この密室事件のトリックは簡単であるがために、むしろ価値を高めているのだろう。模倣作が思い当たらないくらいのオンリー・ワンの奇術でした(と思ったら乱歩御大の「吸血鬼」に登場)。2011/3/2記