odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ロンゴス「ダフニスとクロエ」(岩波文庫)

 昨日のエントリーでロンゴスをあげたので、「ダフニスとクロエー」を取り上げます。BGMはもちろん、ラヴェルバレエ音楽で。マルティノン指揮のが気持ちよい。

  

 2世紀ローマでギリシャ語でかかれた大衆文学のひとつ。主要な読み手は、都市市民の有閑マダムで、恋愛物が好まれた。このあたりの事情は、ドイツ民衆本でもゴシックロマンスの隆盛においてもかわりはない。
 ギリシャ西方のレスボス島。その首都ミュティレーネーからほど近くにある山間の村を舞台にする。あるとき村の置いた農民が豪華な飾り物と一緒に捨てられた子供を見つける。その子は山羊に育てられていた。その2年後に、同じ状態で羊に養われている女の子を見つける。別の家で育てられていたが、幼馴染の二人。男ダフニスが15歳、女クロエーが13歳になったとき、二人は互いに恋をしているのを己に見出す。しかし、彼らはどのようにして恋を成就するのかわからない。彼らの行く手をふさぐのは、横恋慕した村の先輩牧童だったり、町のならず者がけしかけた戦争であったり、冬の積雪に閉じ込められることであったり、クロエーに求婚する金持ちの息子であったりする。それでも、主に神託によって救われる(この神託は彼らに行動の方針を与えるものであって、奇跡を引き起こすものではない。神話だと奇跡が起こるものだが、そうでないというのは、背後に合理的思考があるからだろう)。そのような外部の障壁も多いのであるが、同時に彼らの身体や内面の問題も取り上げられる。恋がはじまっても、身体行為に表せない。ニンフの夢が接吻を教え、彼らはそのとおりにする。裸で抱き合うようになってもその後がわからない。そこに村の未亡人が現れ、ダフニスに手ほどきする。ダフニスとクロエーが結婚することになり、あわせて彼らの真の両親が名乗りを上げるという貴種流離譚を経由して、ラストシーンでは初夜の様子が語られる。まことにおおらかな(ただし、以下でも指摘するように、このときの性愛観はローマの都会化・社会化されているもの。日本の万葉集などに見出されるような原始共同体のそれではないことに注意)性愛観であること。情熱の詩人ゲーテがこの小説を熱心に読んでいたというのもむべなるかな。
 気づいたのは2点。
・この小説は、田園の写実したものとか、人物の心理を忠実に描いたとか、そういう近代の小説ではないということ。読み手も書き手もローマの都市住民であって、レスポスの風景は都市住民があこがれる世界であるということ。同時に、二人の少年少女の恋愛も、イデアルなものであって、かくあれば美しいという欲望の具象化であるということ。
・そういうところにたっているので、レスポスはローマの時代のユートピアでもあるということ。この村では、食料・水・葡萄酒は豊富であり、山羊や羊も1年間で倍増するようなゆたかな土地である。近隣の村や町といさかいを起こすことはなく、仮にあっても理性的な指導者によって平和かつ友好のうちに解決する。支配者は理性的かつ的確な政治家であり、住民は勤勉で民主的。国家などない社会のうらやみそうな世界が描かれている。その裏側には、ローマの腐敗が進行中であり、辺境は中央から圧制と近隣からの侵略におびえるような時代があった。その関係にも注目しておいたほうがよい。

  
文庫とは別にこういう挿絵版もあるそうな。