odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ヴァン・ダイン「グレイシー・アレン殺人事件」(創元推理文庫)

 ヴァン・ダインの探偵小説は評判をとってすぐに映画化された。でも、犯人当ての映画はあまり当たらなかったようだ。小説を忠実に再現しようとすると、室内の尋問か会議ばかりでシーンの変化が少なく、アクションがない。配役を見れば(役者の顔を見れば)犯人はまるわかり。そこで1930年代になると、映画はギャングや犯罪者を題材にする。フィルム・ノワールという一群の映画がそれで、「女と銃」を描くもの。このジャンルの詳細は 山田宏一「美女と犯罪」(ハヤカワ文庫)に詳しい。なるほどYouTubeにのっているヴァン・ダイン原作の映画よりも「ローラ殺人事件」「暗黒街の弾痕」のほうがずっとおもしろかった。
 さて1938年にヴァン・ダインに依頼されたのは「映画化を前提にした作品」であって、それがこの小説。主人公はタイトルのグレイシー・アレン嬢。Wikiをみると、グレイシー・アレンというコメディエンヌがいて、その夫がジョージ・バーンズ。この二人が実名のまま、作中人物として登場し、ファイロ・ヴァンスと共演するという趣向だったようだ。
Gracie Allen - Wikipedia
ジョージ・バーンズ - Wikipedia
 「グレイシー・アレン殺人事件」の映画はネットの有料チャンネルで見ることができるようだ。「Gracie Allen Muerder Case」で検索。


 ヴァンスがピクニックの帰り、火のついたシガレットを投げ捨てると、悲鳴が。若い娘のスカートに焦げ跡をつけてしまった。紳士のヴァンスはこのコケティッシュでイノセントでいちずで世間知らずでものおじしない(高校生のような)娘にお詫びを兼ねて、高級服飾店でサービスを受けられるようにしてあげた。これが運命の出会いになるとは・・・。という少女漫画のオープニングのような始まり。
 その夜、ヴァンスが高級クラブに行くと、最近脱獄したギャングが話題になる。ギャングの愛人が歌手で歌っているのだ。きっと帰ってくるだろうと、マーカムやヒースは張り込んでいる。閉店で抜けた後、その店の支配人室で死体が発見された。皿洗いの青年フィリップ。なんとグレイシーの兄。そういえば店にはグレイシーと同僚のバーンズ(香水の調合師)も居合わせていた。いったい誰がなぜ、そんな殺しをした。グレイシーは死因になった青酸カリ入りのシガレットを被害者に渡したのはヴァンスだと告発する。
 上のような映画の趣味の変化があったので、この小説はいままでのヴァンスものとは異なる。すなわち、上流階級の閉じられた人々の中で起きた事件だったのが、労働者や犯罪者のいる街の開かれた路上で起きた事件になった。路上に近くなると高等遊民ヴァンスの名声は届いていないので、過去の事件のような知名度を利用した捜査や推理は通用しない。足で歩き、聞き取りをしないといけないが、ヴァンスはそんなことをしない。なので、事件の様相は当時勃興していたハードボイルドに近いのに、もたもたしている。ハメット「ガラスの鍵」チャンドラー「さらば愛しき女よ」に似ていて、彼らならば、このストーリーを50ページで終わらせて、さらに300ページを書いただろうに。柄に合わないことはやらにほうがよいのかも(ただ、この小説では人物描写が優れていて、記号的な人物が少なくなった。中年男はくたびれた感じがよく出ている。)
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 途中、ヴァンスは大物ギャングの首領とあって、有限は存在しない、そのあとは虚無のみと会話する。死と諦念の漂うシーンは異色。グレイシーとバーンズの生がきらびやかな分、老年の寂しさが際立つ。この作品を書いた翌年に作者は死去する(それも52歳という若さで)ので、その反映といわれているらしい。ちなみに付録の「ファイロ・ヴァンス伝」によると、この探偵の生まれは1887年。作者ヴァン・ダイン1888年生まれで、まったく作者の自己自身の投影であったのだね。