odd_hatchの読書ノート

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辻真先「仮題・中学殺人事件」(創元推理文庫)

 都筑道夫・少年小説コレクションを読み進めていくと、なるほど自分が中学生の年齢のときにはこのような良質なジュブナイルがたくさんあったのだと遅まきながら気付いた。たしかに中学生のころは、ランサム・ヤンソン・ロフティングといったその年齢向けの小説を読んでいたのだが、友人から借りた「暁の死線」によって、いきなり探偵小説の王道に入り込むことになり、おまけに「罪と罰」を読んでしまってからはもうジュブナイルに目を向けることはなかった。だから都筑・辻さんらの諸作は一切知らないまま中年に至る。
 評判を聞くようになったところで、古本屋でコンディションのよいものを入手。ああ、懐かしいなあ、という気分になって、すぐに本の中に入っていけた。たしかに書かれた当時の1972年の空気というのはああいうものだった。ケータイ、パソコン、TVゲームその他の遊び道具はなかったけれど、日々は楽しく、未来を夢見ることができたのだったし、大人との付き合いもそれなりにあってモラルを持つことは当然なことだった。背伸びもするし、自分が幼く自力で高める努力も必要で、「自分はなにをすればいいのか」という問いは中学入学のころには切実な問題だったが、高校に入るまでにはそれは自力で回答するもので、他人に訊ねるものではないと気付いていたのだった。まあ、そういう時代。(小峰元のギリシャ哲学者シリーズを読むと1960年代の空気をかげるのかな。)
 というわけで、中年の自分にとっては当時の空気をかいだり、懐かしんだりするのが先にあって、ミステリー部分は付け足しで十分にかまわないものだった。

「マンガ原作者、石黒竜樹が殺され、少女マンガ界の第一人者、山添みはるが逮捕される。次いで石黒とコンビを組んでいた千晶留美にも嫌疑がかかる。スーパーとポテトは、時刻表を駆使してみごとに犯人のアリバイトリックを見破る。続いて、二人の通う中学校で起きた密室殺人?!周到に仕組まれた謎とトリック。そして奇想天外な仕掛け。辻真先の鮮烈なデビュー長編、ここに復活。」

 あと抜けている事件は、航空機と自衛隊機が空港で接触事故を起こし、航空機乗客3人を残して全員死亡。自衛隊機のパイロットは起訴猶予。そのパイロットが自宅マンションの密室で刺殺される。密室殺人が2つ、アリバイ崩しが2つ、と趣向ももりだくさん。
 3つの事件は何の苦もなく解明されるのだが(ジュブナイルを意識したのか、トリックは有名な作品の引用になっている)、困ってしまうのは、誰がその事件を語っているのかが複層していること。いったい何が物語の現実で、どこが仮構の世界なのやら。文体がヤング(死語)向けで、登場人物が中学生であることから、中身を軽く見ていたのだが、いやはやなんとも凝った趣向が仕掛けられているのだった。ちょっと先走ると、この趣向は竹本健治「匣の中の失楽」(講談社文庫)が継承している。いちおう読み終わった後にタイトルをもう一回読み直してね、とおせっかいしておく。
 重要なのはその「意外な犯人」を隠すための仕掛けを作ることにあるのではなくて、実は「ことば」こそが意外な犯人を隠す場所になっているということ。どんなに大掛かりで、機械的な仕掛けであろうと、それは「ことば」に隠されているからこそ、あるいは「ことば」で表現されているからこそ「意外」「驚愕」になるのだ。