odd_hatchの読書ノート

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平石貴樹「だれもがポオを愛していた」(集英社文庫)

 「米国ボルティモア市郊外で日系人兄妹の住むアシヤ屋敷が爆破された。直前にかかった予告電話どおり、『アッシャー家の崩壊』そのままに幕を開けた事件は、つづく『ベレニス』『黒猫』に見立てた死体の発見を受けていよいよ混沌とするが……。デュパンの直系と目される探偵が、エラリー・クイーンばりのロジックで明かす驚愕の真相とは? 」

 集英社文庫は絶版で、現在(2008/7/24)は創元推理文庫で発売中。
 ライト・ハードボイルドの文体で、カーの事件を物語った、というところかな。カーには「パリから来た男」「帽子収集狂事件」などポオを主題にしたミステリがあるからという理由で。さらに、著者が英文学教授ということで、米人の書いた英語の翻訳というナラティブの仕掛けがある。だから翻訳調の会話になる。作者が日本人であるにもかかわらず、翻訳ミステリをよむことになるという齟齬も楽しみのひとつ。
 原著は1985年刊。ということで、自分の世代にとっては80年代前半のあこがれの的であったアメリカが描かれている。元気で若くて清潔で意欲的でモラリッシュな人たちの場所。たとえば同時代の成田美名子エイリアン通り」や星崎真紀「ライオンは起きている」に描かれたアメリカ。ニッキという女子大生が探偵役を務めるが、登場するアメリカ人はみな彼女に親切で、進んで便宜をはかる。このあたりの設定は、当時の日本人のセルフイメージ、というか世界から見られたい日本人のイメージを表しているのかもしれない。
 ストーリーは時間軸に沿って円滑に進んでいく。「アッシャー家の崩壊」のように屋敷が爆破され、沼に沈む。その後もポーの短編に見立てた事件が続く。捜査するニッキやナゲットなどの行動はわかりやすい。適度なあざといユーモアもあるし。一方、犯罪が行われた時のプロットは複雑。事件の進み具合の情報が断片的かつランダムに表れるので、再構成するのが困難。「トリック」らしいトリックはないので、推理するとはプロットを再構成することになるのだが、なかなか難しいね。そうなると、ホームズのような心理を読み取る探偵よりも、情報にこだわるクイーンやデュパンの出番ということになる。ニッキは若い年齢にあると設定されていながら、情報編集能力にすぐれ想像力もあるという経験主義的な思考方法のギャップに戸惑うのではないかしら。
 このミステリ、本体にはそれほど感心しなかったのだが、これまで持っていたのは番外の「アッシャー家の崩壊」を犯罪小説としてよむというエッセイが入っていたから。通常、怪奇小説、ファンタジーと思われるこの短編を結末の書かれていないミステリとして読むという試みが非常に面白かった。むしろ、本体よりもこちらのほうが刺激的だった。(たぶん、怪奇小説を合理的に読むというエッセイは他にもあるでしょう。)
 似たような趣向になるのかな。真崎守のマンガに、アッシャー家を訪ねた「私」は吸血鬼だった、兄の頼みで妹を不死にするため、なんていうのがある。ウィリアム・ヒョーツバーグの「ポーをめぐる殺人」(扶桑社文庫)もポーの短編を見立てに使った事件が出てくるので、あわせてどうぞ。

  

<追記 2011/11/3>
 都筑道夫が「モダン・ジャズのフィーリングで再構成したE・A・ポー」という副題をもつ「アッシャア家の崩壊」を書いている。2014/03/24 「蓋のとれたビックリ箱」(集英社文庫)所収。入手難だろうな。