「1988年、西ベルリンで起きた謎の連続殺人。五人の娼婦たちは頸動脈を掻き切られ、腹部を裂かれ、内臓を引き出されて惨殺された。19世紀末のロンドンを恐怖の底に陥れた“切り裂きジャック”が、百年後のベルリンに甦ったのか?世界犯罪史上最大の謎「切り裂きジャック事件」を完全に解き明かした、本格ミステリー不朽の傑作。」
原書発刊の数年前に仁賀克雄「ロンドンの恐怖」がでて、一時期「世紀末」というワードと一緒に「切り裂きジャック」もブームになったことがある。そういえばスティーブ・ジョーンズ「恐怖の都ロンドン(ちくま文庫)」によると、事件の100年後には切り裂きジャックの事件現場観光ツアーなるものできたらしい。陽光と白熱灯の明かりの下で、事件現場をみるのか。むーん。
さて、本編は「オッタモール氏の手」による変奏曲。そうなんだ、最初の4章くらいでそういう趣向だということはわかってしまった。サイコパスによる連続猟奇殺人事件で、意外な犯人となると、どうしても、先例のこいつになってしまうのだよな。「オッタモール氏の手」は1920年代に発表。息の長い趣向を考えたものです。最近のサイコパス・ホラーの元祖だもんな。
もうひとつの先例はルルー「黄色い部屋の謎」の2番目の事件。このふたつがいっしょになって作られている。
作品の初出は1988年で、ベルリンの壁崩壊の前年。たぶん、著者は現地取材を行っただろうが、1年後に崩壊を起こすと予感させるようなできごとはなかったみたい。返還直前の香港みたいに、猥雑で危険でアナーキーな魔窟のようにベルリンは描かれていた。おかしな連想だろうが、ヴィム・ベンダース「ベルリン・天使の詩」の風景を思い出した(あいにく、この映画は自分にあわなかった)。