odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

レイモンド・ポストゲイト「十二人の評決」(ハヤカワポケットミステリ)

 「第一部―陪審。ある殺人事件を裁くために選ばれた十二人の陪審員。彼らのなかには誰にも知られてはいけない秘密を持つ者もいる。そんな陪審員たちの職業や経歴、思想などが浮き彫りにされ、各々が短篇小説を読むような面白さとなっている。第二部―事件。莫大な遺産を相続した十一歳の少年と後見人の叔母。孤独な少年が唯一愛する一匹の兎をめぐり、二人は静かなる闘いを繰り広げ、やがて異様きわまる殺人事件へと…第三部―審理と評決。証言ごとに揺れ動く陪審員の心の動きをメーターの針で図示。様々な思惑を秘めた十二人の評決は。 」
十二人の評決 - レイモンド・ポストゲート(移転しました)

 江戸川乱歩推奨の戦後ミステリ。ストレートな謎解きに何を加えるか、というのがポイント。ここではイギリスの陪審員制度を使うこと。および、前半の陪審員の人物描写。作者は左翼新聞だったか雑誌の編集者でもあったらしく、階級の視点で人物描写を試みる。そのため、過去発覚しなかった殺人を犯している人、つれあいを殺されたにもかかわらず捜査されなかったユダヤ人(1930年代、ナチス政権誕生後に起きたという設定)、アカデミズムの人、カルト宗教にはまった人、労働組合の書記など、イギリスの階級をほぼもれなく網羅している。あいにく、これらの人々が最後の審理に十分反映しているとはいえないのだが。
 中盤は事件の描写。叔母と孤独な少年の二人暮らし。叔母は少年を厳格に育てようとしているのか、冷たく扱う。少年の孤独のはけ口は一匹のウサギだが、叔母はこれと少年にひどい仕打ちをした。その数日後、叔母 少年は突然死。たとえば、サキの「スレドリ・ヴェニスター」、ハル「伯母殺人事件」、クィーン「Yの悲劇」創元推理文庫の江戸川乱歩編集の短編集に収録されたいくつかの短編を読んでいれば、謎解きはできるだろう(実際、弁護士によって解決が中盤で提示されている)。ポイントは「子供」の再発見ということかしら。フィリップ・アリエス「子供の誕生」によると、近代になってから「子供」を特別な存在とみなすようになった。そのときに、「無邪気」「イノセンス」「天真爛漫」「神に近い存在」「童子神」のようなイデオロギーが加わった。「12人の評決」も含め上記の作品は、子供の残酷さ・苦悩・嫉妬などをあらわにして、新しい子供像を見出そうとしているようだ(もちろん、子供・幼児の殺人というのは時代に関係なくいつでも起きているのだ。そこにどういう意味をみいだすかという社会の眼を問題にしている)。
 この国で陪審員制度が始まろうとしている(2008年6月記)。この小説を読んでいるとき、自分が陪審員になったつもりで考えた。自分は「正しく」判断できるだろうか。被告が「何をしたか」に限ってさえ、原告と被告の提出した資料から判断することは可能だろうか。