odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ロバート・フィッシュ「お熱い殺人」(ハヤカワ文庫)

「懐かしい殺人で2万ポンドの意外な大金が転がり込んだ殺人同盟の老作家たち三人は、豪華船サンダランド号に乗り込んで、念願の船旅に出た。彼らの大金を騙し取ろうとした詐欺師夫婦から逆に金をせしめたり、いよいよ旅は順風満帆。思われた矢先、詐欺師の奥さんが浴室から全裸死体で発見され、しかも嫌疑はまさしく老作家の一人ブリッグス氏に! 情勢はきわめて悲観的、進退窮まった三人の頭に浮かんだのは因縁浅からぬ英国一の弁護士パーシヴァル卿その人だった。機知とユーモアに溢れる、ファン待望の本格ミステリ。(裏表紙のサマリ)」


 なるほどこれでほぼストーリーのすべてを網羅している。いくつか補足しておこう。まず詐欺師夫婦から金をせしめる方法は、ブリッジやポーカーであるが、当然相手の手の内がそれと知れればよい。というわけで、彼らは大掛かりな(しかし、きわめて根気の要る細かい作業)仕掛けを施すのである。その方法は、すでに百年前からあるような陳腐な方法なのだが、この作であれば機知とユーモアなものになる。途中、詐欺師夫婦との交友(それほど親密なものではないが)が生まれ、老作家の一人カザラスは強姦未遂容疑で船の一室に拘禁されてしまい、彼を救うべく奔走するブリッグスが上記のように殺人事件に巻き込まれる。当然、パーシヴァル卿の出番となり、この強欲で楽しい人物は老作家から弁護料を取るのであるが、金の変わりに要求したものもまた意外で楽しいものだ。
 本格といっても、むしろいかに金をむしるかという方が主題であって、こちらに注目しながら読んでいくことにしよう。思い返せば、大西洋や太平洋を横断する巨大客船の中で起こる殺人事件というのは、あまり例のないものであって(クイーンやヴァン・ダインにあったっけ。カー「盲目の理髪師」にクリスティ「ナイルに死す」あたりか)、この種の旅ができる有閑階級の消失と共に、ミステリもまた世知辛いものになっていく。
 とすると、1971年にこういう状況でミステリーを構想するというのも、ひどくノスタルジックな心意気。それは1920年代にヒットを飛ばし、のちに世間に忘れられた老人たちを主人公をするにはふさわしい。まあ、事件には殺人方法の意外性などなく、せいぜい容疑者の消失くらいが謎であるが、これもまたルブランの古い短編に範を取るものなのであって、読者はそのことを思い出して、はたとひざをたたく(死語)にちがいない。
 というわけで、ミステリ通がミステリ通のためにミステリ通の出てくる一編なのでした。老作家のような英国ジェントルマンもいなくなり、ますますこれは貴重なものになる。とはいえ、もう20年以上品切れ、というか絶版。