odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ロバート・マキャモン「狼の時 上」(角川文庫) もしも007が狼男(人狼)だったら。D-day作戦成功のためにナチス軍破壊工作にいそしむ。

 もしも007が狼男(人狼)だったら。危機に陥った時、変身することができる。人間の数倍の身体能力に反射神経。鋭い牙は骨を砕き、首をひと振りすれば鹿の首をへし折れる。そこまでの能力を持っていれば、スパイはこれまでの数倍の任務を達成できるのではないか。そのうえ、野生の血はなみいる女性を誘惑し、美女はみずからスパイをベッドに誘う。なるほど、冷戦終了(ソ連の体制が崩壊しつつあった1989年初出)の世界において失職したスパイを復活させるには、そのようなジャンル・ミックスが必要だろう。

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 というわけで、ロバート・マキャモンは「狼の時」を書いた。主人公マイケル・ガラティンは英国情報部の辣腕スパイ。今回の任務は1944年、まじかに迫ったD-dayを阻止しようとするナチスのたくらみを暴き、粉砕すること(任務の依頼をするのが青年将校ではなく、彼らの運転手であるという設定が秀逸。でもマイケルのメンターでもあるようなこの印象的な中年はすぐ忘れられてしまった)。ナチ占領下のパリで諜報活動をしているアダムから、そのような計画の情報が届いた。詳細を聞きたいがゲシュタポの24時間の監視下にあり通常の方法では接触不可能。そこでマイケルは深夜、爆撃機にのりパラシュートで効果。地元のレジスタンスと接触し、ドイツ将校に変装してパリに侵入。どうにかアダムに接触して(ここの脇役の造形がよい)、パリ・オペラ座の升席で謎の言葉「鉄の拳」を聴く。どうにか脱出(ここで人狼に変身)し、次はアダムの示唆した男に会うためにベルリンに入る。そこには前回の任務で愛人を殺したアメリカ人がいる。サディストのドイツ軍大佐に、屈強な巨漢のボディガードもいる。マイケルはドイツ人貴族の末裔と称し、アメリカ出身の映画女優ナチス国内で大人気)と結婚披露をするという名目で、陸軍幹部のクラブに潜入。出身地のことをきかれたり、趣味を聞かれたりして、身元がばれる恐怖を味わう。貴族や将校などを見せる悪趣味なパーティ。そっと抜け出して、大佐の部屋に侵入し、「鉄の拳」の情報を入手。そこに殺人技を習得した鷹が襲う。二度目の人狼に変身。撃退するものの大佐の知ることになり、アメリカ人の殺人列車に閉じ込められ、命を懸けたゲームをやるはめになる。
 ついに、マイケルは「鉄の拳」のありかであるノルウェーのスカルパ島に到着。そこには天才科学者に率いられた兵器開発チームと合成プラントがある。大佐とボディガードが先回りし、「鉄の拳」作戦を開始する。同行の二人はとらえられ、マイケルは島の狼に見守られながら休息することになる。一時人間の意識を失ったが、偵察兵に襲われたところで、任務を思い出す。なんとD-dayの翌日。「鉄の拳」作戦を粉砕することはできるか・・・
 そうとうに端折ったサマリーになったな。作者はスパイ映画と同様に、第二次の欧州大戦の映画もたくさん見ているとみえる。「史上最大の作戦」「特攻大作戦」「戦略大作戦」「バルジ大作戦」(タイトルが「作戦」だらけで見分けがつかない)「鷲は舞い降りた」などのそこかしこのシーンを思い出すこと多数。そのうえ、敵は最新鋭の機械なのに、こちらはおんぼろのトラック、双発爆撃機、漁船などを使わざるを得ず、火器も弾薬も乏しく、補給もないというこの種のエンタメのお約束が多数登場。そのうえ、殺人列車のなかの殺戮ゲームは映画「ウエスタン」の列車で映画「燃えよドラゴン」のダンジョンの死闘をやっているよう。このようなアクションと危機の連続に、パンチのきいたバイオレンスとエロスの描写があって、まず大人の読者を飽きさせない。みごと。
 思えば、第二次大戦では組織と個人の情報入手と伝達にはほとんど差がなくて、個人の頭脳と活動で組織の裏をかくことができた。これはフレデリック・フォーサイス「ジャッカルの日」(角川書店)の1960年代までは、リアリティがあった。それが1980年代にはもはや組織と個人では情報収集と処理に大きな差がつくわけで、スパイという職業のリアリティがない。時代を過去に求めたのは慧眼だろう。 

 

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2019/03/04 ロバート・マキャモン「狼の時 下」(角川文庫) 1989年に続く。