odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

吉田秀和「音楽紀行」(中公文庫)

 1953年から54年にかけてアメリカと西ヨーロッパを見聞した記録。占領状態が終わって海外渡航が可能になったとはいえ、外貨の持ち出しに制限があったり、通貨レートが高すぎるなどして、まだまだ国を出るのが難しかった時代。海外情報を得るには、こうした選ばれた人たちの渡航記録を読むしかなかったのだ。(和辻哲郎「風土」とか加藤周一「雑種文化」「羊の歌」)
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 さて、渡航の時期は絶妙のタイミング。あとがきにあるように時代の変化が起きているときだったから。その変化というのは、1)フルトヴェングラーワルタートスカニーニという19世紀芸術観の大家が最後のきらめきを発していた、2)19世紀的な文化活動の華が回復されていた時代であったから、3)新しい芸術が勃興していたから、4)経済復興が達成されて文化に予算やスポンサーが付くようになったときだから。あたりかな。
 まず1と2に関しては、熱心にコンサートとオペラを聞き歩いてくれた記録として残された。上記以外に、クナ、シュナーベルフリッチャイ、ヘス、フィッシャーそして多くの歌手たちの話を読むことができる。うれしいことに今は著作権の切れた時代であるので、多くの放送録音がCD化されていて、われわれはもしかしたら吉田翁が聞いたコンサートやオペラを録音で聞けるのかも知れない。そして彼が新人として紹介する演奏家(ミケンラジェリやフランソワなど)は20年のちには大家になり、いまではレジェンドなのだ。かれは1954年のバイロイト音楽祭に参加して全プログラムを聞いている。備忘のために記録すると、「パルジファルクナッパーツブッシュ、「指輪」カイルベルト、「ローエングリーン」と「タンホイザーカイルベルトヨッフムベートーヴェン交響曲第9番フルトヴェングラー。ここに書かれている記録を読むことは、簡単に海外に渡航できず、クラシック音楽の情報に飢えているものにとっては繰り返し読んで頭に叩き込むべき重要情報だった。

<参考 バイロイト音楽祭1954年の録音>
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 3については、彼の目的が当時の現代音楽を聴くことであったことで、交友も含めた記録が充実している。当時の問題はドデカフォニー(十二音音楽)をいかに咀嚼し、新しい音楽を作るかというところにあったようだ。なので、各地の現代音楽祭ではシェーンベルク、ベルク、ウェーベルン(すでに物故していた)の音楽が盛んに上演される。注目されるのはバルトークアメリカだけでしかはやっていないようだ)、ストラビンスキー(この人は存命で精力的な指揮活動と新作発表で注目の的)に対する関心。アメリカの当時の作曲家(トムソン、ハリソン、シューマンあたり)は本書終盤に登場するケージに注目が集まってからは一気に保守、古臭いなどのレッテルが貼られて名前が消えていく。あとはブーレーズ、ノーノ、メシアンなどの名前が出て、文章は少ないもののちゃんと注目しているのがさすが。
(おまけでいうと、当時のコンサートプログラムの面白いところは、現代音楽に一曲割くと言うのをどこでもやっていたこと。人気はバルトークショスタコービッチブルックナーはドイツだけで演奏されていたようだ。マーラーはまったく聞いていない。柴田南雄「グスタフ・マーラー」(岩波新書)のいうように1968年のウィーン復活上演まで彼はほぼ忘れられてたのだ。)
 4については、オーケストラやオペラ劇場の運営の問題であり、音楽大学の問題であり、伝統音楽の問題など。点描的に書かれていて、もちろん提言をする種の本ではないので、各国のあり方を紹介するにとどめている。自分の言葉に翻訳して著者の関心事を忖度すれば、クラシック音楽がその土地から離れて成立するような普遍的なものであるのか、この国が西洋の音楽を受容するのはどういうことか、それは可能か、あたりかな。戦後の復興は少しずつ達成したようであっても、国は富んだが人は貧しく、文化に金をださず、組織を作ることには熱心でその後放置するという状況がある。したがって、この国は滅ぶもの、無くなるものが多い。一方、西洋諸国は少々の不便があっても、もとのままに再建するということになり、それは経済性や効率性に劣るが、美と伝統を残すものである。このあたりにフォーカスした都市の描写は面白い。もうひとつは文化に対する国家ないし官僚の違いかな。小澤征爾「ボクの音楽武者修行」(新潮文庫)にもあるように、西洋の文化に関する省庁及び委員会は芸術家(およびその卵)の支援を惜しまないが、この国はそうしない。どころか、大使館やその出先機関は民間人に冷たい(政治家や企業の幹部が来れば接待するのに)。このあたりの対象の妙も見ておきたい。
 半世紀以上前のことであって、若い人たちには歴史であるだろう。とりあえず自分の年齢であると、懐かしい時代の記録であり、懐かしい考え方が並んでいる。いくつかはいまだにアクチュアリティはあると思うので、レトロファンは読んでみてくださいな。あいにく中公文庫は新潮社の単行本が収録していた写真をすべて省いているのがもったいない。せっかく1950年代の映画(「ローマの休日」「甘い生活」「勝手にしやがれ」など)の雰囲気が味わえるのに。興味深いのは、パリで加藤周一福田恒存とあっていることかな。加藤周一は「羊の歌」でこの時のことを書いているので、照合してみるとよいだろう。互いが互いをどう見ていたかがわかる。