odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

都筑道夫「闇を喰う男」(天山文庫) 500人殺すまでは死ねない男。大河小説の一部だけが手元にある。読者は存在しない巨大な小説を空想する。

 ロスのホテルで、黒人の男がいきなり襲ってきた。無我夢中で戦ううちに、ナイフが相手の胸にささる。奇妙なことに黒人は笑みを浮かべて死んでいった。そのときから南米の邪神の呪いを受け、500人の人間を殺すまでは死ねないことになる。「おれ」は東京にもどると、さっそく殺しの仕事を50万円で請け負うことにした。
 裏返された「なめくじに聞いてみろ」で、ユーモアのない「未来警察殺人課」で、殺しも請け負う「FAA(片岡直次郎オフィス)」。珍しくエロスとバイオレンスが溢れたハードボイルド・アクション。うーん、かまととぶるわけではないけど、センセーの作品の中では珍しく自分には合わない一冊。

「邪神の使者」 ・・・ とあるマンションに住むどこかの社長の妾を殺す仕事。依頼主に不審なところがあったので、調査するうちに陰謀を見つける。

「赤い霊柩車」 ・・・ スナックの雇われママにボディガードを依頼されたが催眠術でとある部屋に連れ込まれる。女を強姦して殺せという依頼。仕事を終えると、今度はそのときの写真をネタにゆすられる。「おれ」は敵にしてやられながら逆襲の機会をうかがう。

「日曜の道化師」 ・・・ スナックの女から殺しの依頼がある。歩行者天国で恥をかかせて殺せという内容。事件を起こした後に、依頼内容の不可解さに調査を開始する。男と女の心理の綾とか機敏がわからないと楽しめないなあ。

「目撃者あり」 ・・・ 人前で殺してほしいという依頼。不能の老年男性と妾の家。仕事終えた後に、依頼主から自分も殺してくれという依頼。ある意味現代の「高瀬船」かな。

「出血大サービス」 ・・・ 今度は風俗街の女の依頼。付き合っているボーイフレンドの母親を殺してほしいという依頼。仕事の後に、女は足を洗うことができない。気になって調べていく。殺し屋とはいいながらも、家族と恋愛のすれ違いというか悪人の思惑を暴いていく。

「大雨注意報」 ・・・ 1年前の仕事の依頼人の紹介で依頼してきた若い街娼の女がいた。被害者は依頼人自身だった。仕事の後に、女は良家の子女で、優良会社に勤め、経理課の男と結婚していた。なぜそんな女が依頼をしてきたのか。当時、似たような事件があったなあ。

「にせ警官」 ・・・ 息子が連続殺人犯であるから殺してくれという依頼。仕事のあとに、嫌疑をまぬかれようと、死体を重ねる依頼人。自縄自縛の情況にたったひとつの冴えたやり方。

「壜づめの悪魔」 ・・・ ボトルド・デビルを脇においておけという奇妙な依頼。その仕事のエージェントをしていた早苗が殺された。顔を知らない依頼人がもう一度「おれ」に接触してきた。特別ボーナスで仕事を依頼したいという。あいては「おれ」自身。


 未完になってしまったが、これはラストがあらかじめ用意されたもの(気付かずに500人目に殺されて、やれやれやっと死ねるという述懐で終了)になってしまうからだろうな。都筑センセーをもってしてもこれを覆すひねりは見いだせないということかな。かわりに、「大雨注意報」で被害者は大体百人目だろうという記述があるから、この短編集の前には100個の未発表の物語があり、この先には400個の物語がある。そういう大河小説の一部分だけが手元にあるのだ、と思うことにする。そうすると、なるほどこれは「千夜一夜物語」か、 筒井康隆「驚愕の曠野」 なのだ。たぶん1985年前後の作品。

〈追記2023/12/4〉
 この連作短編集の完結編は、1950年代前半に若い都筑道夫がすでに書いていた。「くろがね武右衛門(淡路龍太郎名義)」がそれ。 
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