odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

都筑道夫「酔いどれ探偵」(新潮文庫) カート・キャノン「酔いどれ探偵」の贋作。ルンペン共同体の治安維持を担う用心棒になったクォート・ギャロンには自己嫌悪や他人嫌悪は見られない。

 カート・キャノン「酔いどれ探偵街を行く」の連載が評判よかったので、読者は続きをよみたがったが、原作はもうない。そこで、原作者の許可を得て、都筑道夫が贋作を書くことになった。雑誌連載中は「カート・キャノン」を使い、単行本にするときは「クォート・ギャロン」に替えることにした。連載は1960年4-9月の半年間。単行本になったのは1975年で、文庫は1984年に出た。

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背中の女 ・・・ 二日酔いの目を覚ますと、裸の女に射殺された男の死体。どうやらはめられたようだ。その男はクォートの知っているギャングにつながっていた。

おれの葬式 ・・・ クォートに豪勢な外車をプレゼントするという女がいるという。トニという名前だそうだ。疑惑と歓喜の感情を持って部屋に行くと、たしかにトニに似た女がいた。困ったことに前の短編でコケにしたギャングのボスが「お前の葬式だ」という。なるほど、両手両足を椅子に固められては逃げようがない。

気のきかないキューピッド ・・・ なじみの女にフィアンセにしてもよいという若者が消えたと相談された。若者が出入りする地下室で奏されるジャズ。マリワナ。酒。クォートは殴られて失神し、命をなくす寸前までいく。

黒い扇の踊り子 ・・・ チャイナタウンで白人のカメラマンが殺された。それも密室で。アヘンを飲んで意識を失っていたチンク(ママ;こういう蔑称が使われていたのが1950-60年代)が容疑者。そうではないと妹がクォートに助けを求める。アングラな商売をしているギャングが相手。

女神に抱かれて死ね ・・・ バーで飲んでいると中年男が若い女に絡んだ。黒人のバーテンが抑えるために喧嘩を買うと、手斧で腕を落としてしまう。逃げた女のハンドバッグを返そうとすると、若い女を探しに来たシカゴの女探偵に誘惑される。でもそれはスキャンダル写真を撮るための罠。若い女と写真のネガを取り返すために、クォートは暑いユーヨークを歩き回る。クライマックスは自由の女神のてっぺん。この年にはヒッチコック「逃走迷路」は公開されていなかったと思うのだが、評判くらいは聞いていたかな(調べたら、日本公開は1979年だった)。

ニューヨークの日本人 ・・・ 暑い日にサンタクロースの恰好をして失神した日本人を助ける。貿易会社社員で赴任してきたばかりで、強盗に襲われ、身ぐるみはがれた。会社に電話をかけると、すでにその日本人は出社しているという。何が起きたのか。クォートが日本人に格別に親切で、感情まで共感できるというのは、クォートが白人の皮をかぶった日本人だからか。このあわれな日本人の青年は当時の日本人のセルフイメージだったのかもしれない。


 エド・マクベインの作で感じたことが、この贋作ではちっとも思い浮かばなかった。ああいう社会の意識はそこに住んでいるものだから感じたのであって、書物を頼りにする作家では思い浮かばないからなのかも。まあ、都筑道夫は社会の不条理や差別などに敏感であったわけではないから仕方ないか。
 センセーがハードボイルドを書いたのは西蓮寺剛のシリーズからだったと思うが、そのはるか以前にすでに書いていたのだね。この中では最後の二編(「女神に抱かれて死ね」「ニューヨークの日本人」)がチャンドラーやロスマクのような形式を忠実に守った佳作。ここまでくると、クォート・ギャロンは完全に私立探偵になっていて、人との関わりあいを嫌がらず、ルンペン共同体の治安維持を目的にしている。自ら保安官になっている。そのためにマクベイン作のときの自己嫌悪や他人嫌悪が薄れている。そこがハードボイルドとしては成功していても、マクベインの贋作としてはうまくいっていない理由。

 

 

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