odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ビル S.バリンジャー 「歯と爪」(創元推理文庫)

 創元推理文庫に収録されたのは1975年ころと記憶している。末尾四分の一くらいが袋に覆われ、解説ともども読めないようになっていた。袋には、ここを開封しないで返品すれば代金を返しますと書かれている。結末命のエンターテインメントだからそうすることができるはずはないのであって、なかなか面白いプロモーション・ギミックだった。発売当時では代金回収を見込んで購入できるほど余裕があったわけではない。そのため興味を残しつつ放置していた。
 古本屋で開封済み本を購入し(袋をきれいにはがしてあったので、そういうギミックがあることをすっかり忘れていた)、このたび読了。1955年の作なので、21世紀の視点からすると割り引かなければならないけれど、佳作だった。前半の法廷描写が冗長かな、弁護人の反対尋問が論理的な混乱を来たしているな、前半のボーイ・ミーツ・ガールの話も展開がゆるいかなと思っていたが、最後にはそれらが全部必要だったことがわかる。袋で綴じられているところに入ってから、俄然速度の増した展開になり、主人公とその相手の行く末に手に汗握る次第になる。そして、急転直下のどんでん返し。主人公の職業を「奇術師」としたことも最後に理由のあることがわかり、それゆえの絶望が際立つ。しかも手のうちを明かしたとたんに、有無を言わさず幕を引く。理由を説明されないまま、状況に放りだされた読者としては、主人公とその相手の過去を反芻し、未来を想像せざるを得なくなり、開放と悔恨の余韻をいつまでも楽しむことができる。この作者、よい使い手と見た。「煙の中の肖像画」「赤毛の男の妻」などいくつものサスペンスの名作を残しているようなので、これから楽しみ。
 惹句にあるのは「彼の名はリュウ。生前、彼は奇術師だった。フーディニやサーストンすら試みなかったような一大奇術をやってのけた。まず第一に、ある殺人犯人に対して復讐をなしとげた。第二に自分も殺人を犯した。そして第三に彼は、その謀略工作のなかで自分も殺されたのである」という文章。謎解きといえば「誰が犯人か」であるのを、作者はうまくずらしている。その趣向に拍手。これによると、主人公リュウは、探偵であり、犯人であり、被害者であるからだ。この趣向はジャブリゾ「シンデレラの罠」都筑道夫「猫の舌に釘を打て」なんかが同じくらいの時期に試みている。その仕掛けが(当時には)退屈になっていた「本格ミステリー」の袋小路を破ると見られていたからだ。実を言うと、「自分も殺された」にもかかわらず、なぜ手記が存在するのかということを考えると、(後付けの悔しがりになるが)ネタを割ることができる。これも新規な試みであって、たとえばカサック「殺人交叉点」ミシェル・ルブラン「殺人四重奏」都筑道夫「誘拐作戦」なんかに通じている。サスペンスに分類されて紹介されているけれど、上記の諸作などと並べることができるので、むしろ準「本格」くらいの場所にあっておかしくない。
 この時代(1950年代)になってミステリーが変わってきた。大きいのは、登場人物たちが一般市民やアウトローになってきたということ。ヴァン・ダインやらクイーンやらクリスティなんかの黄金時代のミステリーは、上流階級のことを書いていて、階級批判とか政治経済批判などはほとんど見られない。ところが、この人にしろ、以前まとめて読んだマッギヴァーンにしろ、アイリッシュにしろ、そういう上流階級なんか相手にしていないで、一般大衆を主人公にして、彼らの生活風俗を描くようになっている。この小説も1950年代前半の閉塞感のある雰囲気、しかし景気高揚を受けて熱気を持っている人々、まだ存在していた地域コミュニティをよく描いている。この時期、振り返るとアメリカは「Old Good Days」を謳歌していたのではあった。にもかかわらず、必ずしもそれは全国的なものにはなりえず、貧しく希望を持たないものもいたということであるのか。そういう心情が犯罪につながるということなのだろう。
戦争帰りの連中が読書を覚えて帰国したとき、彼らの要求する読み物が自分らに近い生活を描いたものであった、という仮説を立てたくなる。うーん、短絡にすぎて説得力はないな。)