odd_hatchの読書ノート

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コペルニクス「天体の回転について」(岩波文庫)

 「天と地をひっくり返す」というのは驚愕を表す最上級の表現として、カント以来有名なのだが、その元になった「コペルニクス的転回」を記した書を読む。1543年刊行。
 コペルニクスの業績については、トーマス・クーン「コペルニクス革命」(講談社学芸文庫)を参照してもらうのが手っ取りばやい。通常は、この人一人で「転回」を成し遂げたとかかれているのだが、実際のところはコペルニクスはあくまでアリストテレスプトレマイオスの中世的宇宙像の範疇からそれほど逸脱したところにいるわけではない、というのがこの科学史家のいうところだ。事実、コペルニクスの書いたことにはプトレマイオス的な宇宙像が色濃く残っている。いわく、地球や宇宙は球体であり、その理由は球が完全体であるから。地球や惑星の運動は真円であり、それも円の秩序体系が最も美しいから。宇宙は、太陽を中心とした9つの球でできていて、その構造はプトレマイオスの要求する静的秩序にもとづいている、などなど。コペルニクスの求めたのは、宇宙像に関する認識の価値転倒ではなく、惑星の軌道計算を行いやすい構造をもとめたにすぎない、ということなのだ。
 では、どうして「コペルニクス的転回」がなされたかというと、この人自身に求められるのではなく、彼の本を読み、その考えを発展していったティコ・ブラエやケプラーガリレイなどの地動説の系譜からできていった。とくにケプラーによる法則化が決定的な役割を果たしている、との由。
 現在のような科学的な記述方法のない時代の産物であるので、この本もまた思弁的であり、中世スコラ哲学的な記述が頻出する。その中から、科学革命を見出すのは難しい。それに、コペルニクスの使っている科学的な技術はピタゴラス幾何学に基づいていて、数の神秘的な役割は彼の構想にとって極めて重要なものだ。あくまでコペルニクスは自称するように天文学者であり幾何学者であると同時に、占星術師である。
 とはいうものの、われわれが中学生で学ぶピタゴラス幾何学からかくも雄大な構想を作ることができるというのは驚きのほかはない。
 地動説への転換の決定的や契機はケプラーによるものだが、コペルニクスケプラーを分けるものは、技術としての数学のあり方だろう。コペルニクス幾何学を使うのだが、ケプラーは記号と数式であり、デカルト代数学である。記号や数式に抽象化された思考こそが近代を開く鍵であり(とはいえケプラーも自分を占星術師とみなしていたのだが)、中世と近代を分ける思考方法なのだろう。
 岩波文庫に収録されているのは、せいぜい40ページほどだが、これはコペルニクスの書いた本の第1章でしかない。そのあと6章まで続く大部の書が書かれているのだが、科学史家あるいは歴史学者には重要でも、今日の読者には冗長なものだ(それを読みきるクーン、すごい、ということになるのかな)。これはデカルトの「哲学原理」の第五章以降、ラマルク「動物哲学」の大部分、ゲーテ「色彩論」の大部分が訳出されないのと同じ理由。

<追記2018/11/14>
 ゲーテ「色彩論」は完訳がでました。
2016/09/20 ゲーテ「色彩論」(岩波文庫)-1 1810年
2016/09/19 ゲーテ「色彩論」(岩波文庫)-2 1810年