odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

都筑道夫「秘密箱からくり箱」(光文社文庫)

 1980年代半ばの短編と中編を収録。1987年に単行本になり、1990年にこの文庫になった。タイトルにもなった秘密箱は、簡単には開かない仕掛けをもった仕掛け箱のこと。貴重品の盗難防止目的で18世紀ころから作られたという。からくり箱は、この国の寄木の技法を使ってつくったもの。ある職人が「からくり箱」の名でさらに発展させたものを発表している(この本の出る数年前なので、作者は知っていたのだろうな)。

秘密箱1984.07 ・・・ 同世代の若い男を付き合っている女が夢で秘密箱をみる。その話をすると、男は自分も持っていると出してきて、中に何か入っているのを女が取り出そうとすると、男はそれを遮る。女は仕事の付き合い先の40男とも付き合っていて、ある夜二人で帰ると、マンションの前には若い男が刺殺されている。女のさまざまな疑い、惑い、あきれなどの思いの果てに見えてくるもの。まあ、死んだ若い男の仕掛けがうまくいかなかったのが、切ないわけだが。

昇降機1987.04 ・・・ エレベーターに乗るといつもおかしなことが起きる。一人でのるときに限って。ひどい仕打ちに悪態をついたら、エレベーターが反応してきた。あなたを愛しているの、と。男は逃れようとして。最後の章は蛇足ではないかな。二段落ちでなくてもよかった。ところでエレベーター内の幻覚は頭のよい常識人が書いた怪奇現象。ディックみたいな切迫感と世界の崩壊感までにはいたらず。幻覚や狂気の迫真性でディックにかなう人はまずいないのだけど。

殺した女1986.09 ・・・ 登世子という女を殺した。警官に自首したら登世子は生きている。いや、死んでいるのだが、姿を他人に見えるようにしたのだ。だから登世子は、死んでいるけど、ずっと一緒にいるという。

十三杯の珈琲1984.11 ・・・ 妻と離婚して小説を書くのだと意気込んでいた男が消沈しているので、事情を聴くと、四畳半のアパートの周りの部屋では毎夜、性交の声が聞こえて耐えきれないという。誘われて部屋に行くと、左右の部屋から声が聞こえてきたが、男が消えると聞こえなくなる。男の妄想を受信して自分も妄想に付き合わされていると考えて、男を自宅に連れて帰ることにする。当初予想していたのと違ったオチがついているのが微笑ましい(まあ、当事者には青ざめる事態だが)。「部屋の壁が薄い」「四畳半のアパート」は21世紀となるとどちらも絶滅危惧種だな。

暗い終末1985.06 ・・・ 妻を亡くして1年、付き合っていた女が結婚を迫ったので、殺すことにした。計画通りに女の部屋に行くと、殺されていた。俺がやったのではないので安心だが、「あんたのかわりに殺した」という電話がかかる。ついては百万円くれという。2回のひっくり返しがあって、ついには自分の正気を疑うところまでくる。

無人の境 1987.05・・・ 週末の夜、人のいなくなったビジネス街。ビル管理人などの老人が集まって乱暴狼藉の限り。この時代に、スプラッター小説がいくつか書かれるようになっていて、それに歩調をあわせる。ビジネス街の深夜人口が極端に少ないというのはこのころに問題とされた。

朱いろの闇1982 ・・・ この中編だけ出自が違っていて、児童読物として出版された。再販されなかったので、加筆してこの短編集に加えた。時は昭和20年5月25日。最後の東京大空襲。学徒動員され工場で働くも、材料がなくてヒマな中学生が、当日深夜の空襲で避難する。その途中、倒れている女性に足首をつかまれ、人形数十体を無理やり預けられた。その人形はときに自らの意思で動いたかのように消えてしまう。彼は白髪の老人と会右。彼は何事か暗示めいたことをいって、謎めかす。火災保険の金を引き出しにいくと、空襲であった女性と出会い、白米をおごってもらったうえに、同世代の元気な女の子と知り合う。そして人形は千人の命を支配していて、この空襲は人形を集めては廃棄する邪悪な陰謀が進められているのだという。思い当たるのは謎の老人。そこで、女性と相談して老人をおびき出すことにした。そのあと、二転三転する世界の認識と、悪と正義の幻魔大戦に心地よく浸ることにしよう。面白いのは、F・ポール・ウィルソン「黒い風」(扶桑社文庫)奥泉光「グランド・ミステリー」(角川文庫)のような15年戦争の劣勢を覆そうという霊的な組織があるという設定。まあ、この国の軍人や為政者たちも「神風」を期待していて加持祈祷を宗教団体に命じていた(荒俣宏「決戦下のユートピア」文春文庫)となると、霊的運動でもって現実の戦争に立ち向かうというのは、目新しい趣向ではないのかもしれない。さて、作者は児童読物としての配慮を忘れたというが、それは前半の空襲のリアルな描写のところだろう。あいにく上記のようなストーリーとはほとんど無関係。でも、当時の生活がどのようであったか、空襲がいかに悲惨で非人道的であったかを書かずにはいられなかったのだろう。むしろ作者はそちらの方を書きたかったと見える。なので、後半のアタック・アンド・エスケイプは端折りすぎ、しかも覚醒が簡単にすぎた。意欲溢れる失敗作。東京五月大空襲@東京夢幻図絵(中公文庫)もあわせて読んでおきたい。


 読みでがあったのは最後の「朱いろの闇」。空襲の翌日、火災の煙と灰の立ち込める東京で、太陽は卵の黄身のように赤茶けた色をしていた。それでいて、夜間の照明の統制で町は漆黒だった。その色の記憶が反映しているとみえる。もちろん邪悪な組織が生み出したよこしまな欲望の謂いでもあるのだ。ちょっとわかりにくいけど、意味の通るダブル・ミーニング。たぶん当時の児童から中学生には空襲など昭和の戦争とその生活はリアリティを持てなかっただろうな。
 その一方、「1980年代の今」を書いた部分は、30年たつと古びた光景になってしまった。いくつかの情景は、上記のように説明を加えないとわからない、知らない読者がいるだろう。物語の骨格はがっちりしているけど、書かれているアイテムやシーンに古びた感じを持って読まない人もいるのだろうなあ。ああ、それは「朱いろの闇」が再販されなかった理由と同じだ。