odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

都筑道夫「血のスープ」(光文社文庫)

 1980年代にはセンセーの文庫がたくさんあったのだが、消費税導入後、急速に姿を消してしまった。21世紀になって、光文社文庫がテーマ別に編集して、10冊の選集を編んだ。その中の怪談編を読む。収録されている「血のスープ」は文庫化されたことがなかった。ワープロ(当時だと100万円を超えていたのではないかな。個人で買いやすくなったのは20万円を切った1988年ころからだったと思う)を早いうちに導入し、タイポグラフィーを駆使したのがおもしろい。そのころ、この趣向で書いた井上ひさし吉里吉里人」、筒井康隆「虚航船団」を思い出して、いずれも印象深い。

 さて、物語はハワイにいる娘を50代の篆刻家が訪れ、ひまをもてあましているとき、深夜のポルノ映画館で日系と思われる老人に誘われるところから始まる。その気はないのになぜかついていくことになり、甘美な法悦体験をする。しばらくして帰国したら、頭の中に老人ケイの思念が届いた。命じられるまま、マンションを借りる契約をし、長持ちに上質の土をまき、ハワイから送られた壺の中の土をまいておいた。そのときには、さえない50男が町中で若い女に声をかけると、皆ついてくる。そしてケイの待つマンションに連れて行くのだった。
 帰国後の舞台は、池袋に大塚に王子で、なるほどセンセーは昔このあたりに住んでいたのを思い出し(60年代の「猫の舌に釘を打て」もこのあたりが舞台)、あわせて自分にも土地勘はあるので、小説の描写を自分の記憶と重ねながら物語を楽しめた。1989年にはサンシャインシティビルはもうあったのだ、と妙なことに感心する。もう一つ感心するのは、ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」を下敷きにしていること。主人公の篆刻家・藤吉が麻耶子を見つけるきっかけがその本の文庫を読んでいた。そうすると、老人の誘惑から謎の命令、壺の到着、女の拉致など、これから起こるストーリーが「ドラキュラ」通りになることが容易に予想される(そこは楽しまないといけないので、映画を見るか小説を読んで、ストーリーを把握しておくべし)。まあ、その程度ならキング「呪われた町」などのストーカーのパスティーシュであるが、ここでは藤吉に自分がレンフィールドにされてしまったのではないかと悩ませる。「ドラキュラ」の構造を借りながら、登場人物たちに懐疑を持たせることで、メタ構造を持ち込めた。そうすると、センセーが如何に「ドラキュラ」の枠組みをずらしていくかに着目することになる。
 具体的な手はずは書かないでおくのが礼儀。ポイントは、血を吸う行為が生殖と性交の隠喩であることから、ソフトポルノの趣向をとりこんでいること。この描写は「泡姫探偵」「猫の目が変るように」「闇を喰う男」などで熟練の手わざを発揮している。あとこのころから流行りだした残虐描写(クライブ・バーカーとか友成純一などね)もちゃんと取り入れている。
 ちゃんとずらしていったうえで、ケイを邪魔する存在があきらかになり、最終決戦へともつれ込む。
 250ページという枚数では、登場人物をたくさん描けないし(なにしろ主人公は50代の老人だし)、池袋周辺10km以内を舞台にしているもので、最終決戦はマンションの一室にしゅるしゅるとしぼんでしまった。いくたの映画が、大都市上空でド派手な空中戦をしているとなると、あっけないとおもうだろうなあ。それにこの国ではキリスト教が根付いていないので、アンチ・キリストでもある吸血鬼の恐怖がなかなか伝わらない。もうちょっと枚数があれば笠井潔「ヴァンパイア戦争」のような壮大な構想(実際そうなるネタが仕込んである)になったのに。
 いったいセンセーの怪談は短編に向いていて、長編になると盛り込みすぎで書き込みが薄くなってしまうみたい。まあスタイリッシュでモダンなセンセーは、800枚から1000枚に引き延ばすのは粋じゃないと穏やかに笑うだろう。
 短編とエッセイの収録作は以下の通り。
はだか川心中/ハルピュイア/風見鶏/夜の声/人形の家/かくれんぼ/古い映画館/夢見術/比翼の鳥/からくり花火/骸骨/怪奇小説の三つの顔/『雪崩連太郎全集』について/私の怪談作法/『風からくり』について
 収録のほとんどは別の短編集で言及しているので、ここでは割愛。