odd_hatchの読書ノート

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小栗虫太郎「黒死館殺人事件」(ハヤカワポケットミステリ) 黒死館殺人事件2

2014/05/22 小栗虫太郎「黒死館殺人事件」(現代教養文庫) 黒死館殺人事件1 の続き


第四篇 詩と甲冑と幻影造型
古代時計室へ ・・・ 乙骨耕案医師による伸子診察の報告。失神は故意か内発であり、目覚めた時に自分の名前を書かせたら「降矢木伸子」と書いた。法水は同様の状況で殺人犯の名を書いた事例を紹介する。再び田郷を尋問。算哲の墓を開けることを宣言する。ここでは館のいくつかの秘密が暴かれる。甲冑を移動した際に、なんかいろいろあって(よくわからん)、二つの絵(処女受胎と十字架)が重なり、マリアが十字架にかかっているのを錯視する。それに非常な影響を受けるのは女性であって(マリア信仰が云々)、しかも背が低くないと見えないから、夫人=津多子であると推理。な、なんだって!! 前の章の引用合戦は法水流の心理試験(江戸川乱歩の同名作を既読であることが暗黙の前提)であるという。な、なんだって!! まあ日常からドイツ語、ラテン語で物事を考えられるという連中なのだ。これらの推理から法水は津多子がダンネベルク夫人より先に殺されているとして、古代時計室を開けることにする(この部屋の鍵の持ち主は算哲と田郷のみ)。

Salamander soll gluhen (火神よ燃え猛れ) ・・・ 津多子が毛布にくるまれ睡眠薬で眠らされて凍死寸前であるのを発見。収容の後、階段踊り場(3枚の絵と2体の甲冑がある)の明かりを順次消すと、背後の鋼鉄扉にテレーズの顔が浮かび上がった。点描法と照明のなせる技で、ディグスビイの仕掛けとみなす(彼の設計は破棄されたはずでは、う〜む)。ここで第1日終了。翌日は引きこもり、第3日に法水は易介の死因を発表。その後、速達で「サラマンダーよ、燃えたけれ」の手紙が届く。ちなみに、法水の書斎には1668年作の「倫敦大火之図」の銅版画がかかっている(別の短編で言及されている)。

第五篇 第三の惨劇
犯人の名は、リュッツェルン役の戦歿者中に ・・・ ここは力が入っている。法水の書斎で支倉、熊城と事件のまとめを行う。まず事件の骨格はゲーテファウスト」に模せられる。犯人と思しきメッセージに登場するサラマンダー、ジルフィーなどは「ファウスト」の主要なキャラクター。算哲はメフィストなどに類推できる。法水はダンネベルグ夫人毒殺事件はリュッツェルン役の戦歿者中にあるといいだす。すなわち、この戦闘の史書を紐解くと、ダンネベルグ、セリナ、レヴィズの三名が被害を受け、その犯人がクリヴォフであると書いてある。300年前の古文書に現在の殺人が予言されているというわけだ。伸子の失神はヒステリー症状で、カリルロンの鍵盤が譫妄状態を起こしたという仮説が提出される。館にある十二宮のステンドグラスに隠された暗号を解く。これが占星術カバラ数秘術フリーメーソンの出てくるという豪華な布陣。そこにクリヴォフ負傷の報が届く。

宙に浮んで……殺さるべし ・・・ クリヴォフ夫人は2階武具室で読書中にフィンランダー式火術弩を撃たれる。矢は直撃しなかったものの、髪の毛を巻き込んで夫人をとばした。矢は桟に食い込み、頭髪が絡んで宙釣りになった。私服が部屋を警護しており、出入りは不可能。その直前に、驚愕噴水(ウォーター・サプライズ)が水煙を上げているが、微風すらないのに水の飛沫が武具室に届いている。セレナとレヴィズが津多子を尋問しろと要求する。クリヴォフ夫人負傷のアリバイを調べると、伸子のみない。

第六篇 算哲埋葬の夜
あの渡り鳥……二つに割れた虹 ・・・ ダンネベルグ夫人の寝室で失神から回復した伸子を尋問。23−4歳の目のクリクリしたフランドル派風の美人。カリルロンはレヴェズが弾くことになっているが、そのときは彼の命令で伸子が弾いた。とても力がいるので、2曲目で体力を使い果たし、3曲目には朦朧。そのとき屋根にコウモリとガを見つけた。「エテ公」「死を願う」とクリヴォフへの嫌悪を隠さない。クリヴォフが被害にあったとき、アリバイのなかったのは、本館左側の樹皮亭(ボルケン・ハウス)に閉じ込められていたため。事件のころ、武具室に透明な気体が中に入っていくのを目撃する。法水が同情的になると、歓喜と法悦(まあエクスタシーです)になり、踊りださんばかり。久我が来て、津多子を擁護。久我と伸子は算哲を「ハートの王」と呼ぶ。法水はそこからトランプの絵に連想を働かせ、算哲は心臓が右にある奇形ではないかと推理(自殺したとき、彼は左の胸を傷つけた)。な、なんだって!! 田郷によると、算哲は早期埋葬防止装置を墓に備えていた(ポオ「早すぎた埋葬」恐怖症)。埋葬の翌日、装置が作動していたが途中に障害があって連絡は届かなかったのを発見。

大階段の裏に…… ・・・ 午後5時30分。十二宮の暗号にあった「大階段の裏(ビハインド・ステアズ)」を調査。千々石ミゲルの持ち帰ったクラヴィ・チェンバロ(発明されたのは18世紀初頭なので、時代があわない。まあ、ピアノのことなんでしょう)の音が聞こえる。開けるとそこには16世紀のホルバイン「死の舞踏」の稀覯本があるだけ。ディグスビイの自筆書き込みがあり、擬古文の要領を得ない文章。押鐘博士と旗太郎の歓談に割り込み、遺言書作成の模様を聞く。前年3月12日に2通作成。直後に1通を破棄し、1年間開封厳禁とされた。無理に開けると、旗太郎と神秘四重奏団員に等分にわけるという平凡な内容。伸子の部屋に行き、ダンネベルグ夫人が伸子に悪罵を浴びせていたことを聞く。部屋をでた法水が振り返ると、レヴェズが監視していた。


 錯綜した議論が続くので、たぶんわけがわからなくなってくる。そこに読解の方法を見出すとすれば、ここで問題にされているのは2つの事件であるということ。ひとつは現在進行中のダンネベルグ夫人毒殺事件、易介窒息死事件、伸子失神事件、津多子拉致事件、クリヴォフ傷害と殺人事件、レヴェズ失踪と縊死事件。いずれも不可能状況というか死体が不可解な様相を呈しているわけ。ここらの摩訶不思議な状況に法水の饒舌と錯乱の論理が組み合わされる。そこに不具者や子供や淑女など探偵小説では犯人になりやすい典型的な人物も配置されている。これも作者の仕掛けたレッド・ヘリングなので、注意深くなること。
 もうひとつは、40年前の算哲・ディグスビイ・テレーズの三角関係と、算哲・八木沢博士の論争。これがどのような顛末になったのか、いずれも現在の事件のころには死亡しているわけだが、過去の出来事がいかに現在の人々を拘束し束縛されているかに注目。新維納心理学派としてフロイトの説が紹介・強調されているのだが、無意識が言語に反映される(抑圧している隠し事がことばのはしばしに現れる。言い間違えや夢など)。法水は心理試験としてそれを使うのであるが、すなわち現在の人々が過去にとらわれていることを明らかにしているのだ。ここに注目すること。
 2か所の暗号解読がある。本文を読んでもちんぷんかんぷんなので、「白蟻」(現代教養文庫)の長田順行の解説か同じ著者の「暗号」(現代教養文庫)を読むべし。

        

2014/05/20 小栗虫太郎「日本探偵小説全集 6」(創元推理文庫) 黒死館殺人事件3
2014/05/19 小栗虫太郎「黒死館殺人事件」(河出文庫) 黒死館殺人事件4