odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

中井英夫「虚無への供物」(講談社文庫)-4

2019/10/29 中井英夫「虚無への供物」(講談社文庫)-1 1964年
2019/10/28 中井英夫「虚無への供物」(講談社文庫)-2 1964年
2019/10/25 中井英夫「虚無への供物」(講談社文庫)-3 1964年の続き
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 「事件は終わった。しかし、なにか割り切れぬうそ寒い気持ちだけが残った@黒澤明「天国と地獄」予告編」という思いになるもうひとつの理由は、終章で真犯人が自白しているにもかかわらず、その自白の信憑性が弱いということだ。たとえば、10年前の原爆による死者が生きていて、あまつさえ事件の関係者の数名は彼と接触していたにもかかわらず、ついに小説中に姿を現さなかった。空想中の人物とみなされていた男も、関係者の前に現れることはなく、他人の証言ないしその伝聞によってアパートの事件で「自殺」したことを承認しなければならない。しかし犯行のトリックは彼らの存在なしには実行できない。そんなあいまいな状況しか示されていないのに、真犯人の告白は信用できるのか。小説中のほかの迷探偵の推理より整合性や論理性が高いが、他人の検証を経ていないので確実ではない。とすると、真犯人はほかにいるのではないか。という疑いを持つことになる。
 という思いは自分だけではなく、ほかの人も持っているようだ。「虚無への供物」論を集めて読むほどの根気はないので、いいかげんに書くが、ネット情報など見ると、いくつかの解釈がありうる。
1.終章の真犯人の告白通りであった: 小説の記述を信用
2.終章の真犯人の告白は韜晦: ちっとも当たらない迷探偵の希望に合うように、真犯人であるという演技をした。その場合、事件はなかった(第1章は病死、第2章は事故死、第3章は自殺。第4章は真犯人に意図が通じればよい小説なので解決はもともとない。老人ホームと精神病院の火災は事故。ひとつ増えた死体もカウントミス)。
 1であろうと2であろうと、小説中の探偵希望者がいろいろ考えた不動明王だの、薔薇だの、色の象徴だのは事件に無関係。蒼司、紅司、藍司、黄司の上の世代の確執もまた事件には無関係。
 小説のほとんどは事件の描写ではなく、それをどう解釈するかという探偵希望者やいやいやながらの探偵による議論。次第に彼らの推論はどんどん外れていった。それは彼らの探偵小説の知があり過ぎるからで、最初にノックスの十戒やらヴァン=ダインの20則やらを持ち出し、厳密に適応された上で、これまでの分類にない新種(トリック、犯人、動機)を見つけようというルールを自分らに課したため。それが思考の自由を縛り、物証や証言よりも古文書や象徴体系を重視することになり、ルールにあうように現実を改変していった結果、おかしな議論をして正鵠を射ていない結論を持ち出したのだった。
 そういえば、1の立場をとるとしても、真犯人は作中の別の人物によって犯行を指嗾された形跡があり(当人が告白)、真犯人も傀儡でしかなく、単なる実行犯でしかない。そうすると彼の動機もまた再解釈が可能で、もともともっていた思想を唆されて自分のものだと勘違いしているだけかもしれない。ドストエフスキーの小説で、ピョートルがキリーロフに(@悪霊)、イワンがスメルジャコフに(@カラマーゾフの兄弟)行ったことを模倣したことであるのかもしれない。とすると、事件の真犯人といえるのは誰? クイーンの後期小説にあるこの種の傀儡犯罪を取り上げて、指嗾者の「罪」を問うことがあるが、その伝に乗れば指嗾者の方が断罪されるべきなのかも。
(脱線すれば、「真犯人はあたしたち御見物衆には違いない」と探偵がしょげ返るのも、クイーンのような探偵小説批判の機能を持っているかも。彼らは殺人事件の死体をその当人の死の意味など考えず、理学実験の対象物のように解剖、分析するだけ。それこそ人の死の意味には無関心、無責任。そういう探偵ではなく、関係者の利害や心理に関与しろというのが真犯人の真意であるのかなあ。それもまた思い込みや錯誤の原因になりそうで。まあ、殺人などの捜査は公的機関にまかせるのが現実的な解だろう。)
 さて、もうひとつの解釈。この小説全体はキャロル「不思議の国のアリス」を模しているという。マッド・ティー・パーティ、チェシャ猫の登場など主要場面はこの小説に出てくるという。それに倣えば、物語の登場時から崩壊の危機にあり、最終章ですっかり解体する氷沼家の建物自体を「不思議の国」とみなすことができ、亜利夫が屋敷にはいるところから「不思議の国」の異界巡りが始まったのであった。すなわち、現実は序章の1から5までと、終章の59と60のみ。その間は「不思議の国」の出来事をつづった作中作。登場人物は探偵小説の探偵やワトソン役、被害者や容疑者、証人にみえるような演技をする役者である。事件は異界のできごとで、現実の物理法則や論理に則る必要はまったくない。「解決」がなくてもかまわない(というか小説の書き手である久生、亜利夫、藍司の妄想や願望を充足するものであればよい)。
 そう思えば、序章の「アンチ・ミステリー」というのは全く納得いくものであり、ミステリーの形式にのっとってはいるものの、作中で設定した論理は小説内では整合性を持つがリアルとは無関係であり、ミステリーのお約束をいっさい無視しているこの小説はアンチ・ミステリーと呼ぶしかない。そう呼べるのはこの作品だけだろう。

 

    

 

2014/05/22 小栗虫太郎「黒死館殺人事件」(現代教養文庫) 黒死館殺人事件1

2011/11/07 竹本健治「匣の中の失楽」(講談社文庫)