odd_hatchの読書ノート

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江戸川乱歩「江戸川乱歩集」(新潮文庫)

 現在は「江戸川乱歩傑作選」にタイトルを変更。例によって昔話をすると、1970年代、ポプラ社の少年向け小説を読んだあと(俺は小学時代の乱歩体験はなく、「探偵小説の謎」現代教養文庫を読んでから)、本屋にいくとあるのは、角川文庫の選集(表紙がおどろおどろしくて手に取りにくい)か春陽文庫の全集(これも表紙が・・・)くらいで、となると中学生が最初に読むのはこの新潮文庫ということになった。このディケードの半ばあたりで講談社が随筆と少年小説もあわせた全集を刊行(のらくろの復刻と一緒の時期)したが、これはコスト高に感じて購入を躊躇してしまった。
 いまでは光文社文庫の全集に、創元推理文庫の挿絵復刻版や角川ホラー文庫もでて、入手にはほぼ問題がない。2016年以降は青空文庫にも収録されている。同時代の著名作家(芥川とか志賀とか谷崎とか)と比べて、現在でもこれだけ読まれている作家は他に思い当たらないくらい。ミステリと奇妙な味の創作者で、通俗長編の人気作家で、探偵小説の啓蒙家という3つの顔を持っているけど、どの分野でも色あせないのだね。描いた風俗はさすがに古くなったが、にもかかわらず魅力的なのはなぜだろうなあ。とはいえ、松山巌「乱歩と東京」ちくま学芸文庫のあと、何を書いていいのかわからない。


二銭銅貨 ・・・ 煙草屋のおつりに貰った二銭銅貨に隠された謎。前半の意味不明な行動、後半の謎解き、そしてたった数百字で世界をひっくり返す離れ業。世相と変化する都市型人間の巧みな描写。出世作にして代表作。

二癈人 ・・・ 精神疾患で長期療養中の男の独白。少年期からの夢遊病におびえていたが、ついに人を殺め、金品を強奪してしまった。悔悟と煩悶の日々を覆す驚きの解釈。新たな解釈のあとも謎は残り、この男の行く末に憐憫と恐怖を感じる。

D坂の殺人事件 ・・・ 明智小五郎の初登場作。内容は書かない。魅力的なのは明智の四畳半一間の下宿で、天井まで届くくらいに積上げられた書物とおびただしい煙草。ぼさぼさ髪で興奮すると猛烈に頭をかきむしる。これもまた無産階層の知的エリートの姿。

心理試験 ・・・ 一転して完全犯罪の挫折を描く。蕗屋という高等遊民が大金を奪取しようとたくらむ。計画はうまくいったものの周到に用意された心理試験にひっかかる。蕗屋の思想といい、殺害現場の様子といい、盗んだ金の始末といい、頭の良い警官との心理的闘争といい、ドスト氏「罪と罰」をたくみに換骨奪胎。あと、この作品にも小栗虫太郎にもミュンスターベルヒなる犯罪心理学者の話が出てくる。1908年に「Psychology and Crime」なる本を出している。プロジェクト・グーテンベルクでも復刻されていないみたい。
ヒューゴー・ミュンスターバーグ - Wikipedia

赤い部屋 ・・・ 谷崎潤一郎「途上」はなれなれしい男のささやきだったが、こちらは男の告白。例によって、最後にひっくり返る。こういうプロバビリティの殺人だけど、すこしひねると事故を「事件」にすりかえることが可能だね。それが○○か。(タイトルは秘密の日誌に書いておこう)。

屋根裏の散歩者 ・・・ 視線による殺人。覗きという行為の恍惚とおぞましさ。同じ作者の「押絵と旅する男」、横溝正史「蔵の中」、谷崎潤一郎「白昼鬼語」やバルビュス「地獄」の視線の持ち方と比較してみよう。こちらは視線がサディスティックになるのだね。アイリッシュの「幻の女」もそう。

人間椅子 ・・・ 今度は接触感覚、皮膚感覚。実現不可能ではあっても、この感覚も快楽に転化している。内気で告白できないブサ男(すなわち読者自身)の接触欲望を満たすための装置。

鏡地獄 ・・・ ふたたび視線のエロティズム。真崎守の漫画だと、男が閉じこもった球体の鏡を壊すと、男は「いっちまった(@金田byAKIRA)」という趣向に変えている。「押絵と旅する男」のような仕掛けにした真崎のやり方は一興。

芋虫 ・・・ ここでは「屋根裏の散歩者」の関係が逆転している。見る者(中尉)は動きがならず、見られる者(妻)は見られることが不快。視線のSM関係。


 いずれも中学生以来何度読み直したことかしら。全然飽きないというのが驚異的。きっと10年後にも読み返すことになるだろう。