odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ジョン・ディクスン・カー「火刑法廷」(ハヤカワ文庫)

 昔、ブランヴィリエ侯爵夫人という悪女がいて、周囲の人を毒殺してまわった。結局ばれて死刑。それが1676年。そののち、1861年にマリー・ドープリーという同じく悪女がヒ素で毒殺して、ギロチンにかけられている。その末裔はフランスをのがれ、アメリカ・ペンシルヴァニア州に移り住んだという。奇妙なというのは、17世紀の事件では、侯爵夫人はマリー・ドープリーの名ももち、ゴーダン・サン・フロワーなる男と組んでいたということ。そうすると、マリー・ドープリーは「不死の人間」。

 ところも同じペンシルヴァニア州の旧家デスパード家には不吉なうわさが流れていた。一月前に胃病で亡くなった当主は毒殺されたのではないか。跡を継いだマイクは医師パーティントン博士と編集者スティーブンスを招き、使用人ヘンダーソンを加えた4人と深夜に墓を暴くことにした。コンクリートで固めた納骨所を2時間かけて開けると、棺の中は空っぽ。周囲を捜索しても死体はない。確か、納骨所は神父らの立ち合いで封印したはずなのに、どうやって死体を消すことができたのか。問題はそれだけではなく、その夜にはヘンダーソンの家に死者の幽霊が現れた。亡くなった当主の死の当夜、古めかしいドレスの女が200年間封印したままのドアに消えるのを見ている。同じ幽霊は、ヘンダーソンの家にも表れたし、デスパード家ではヒ素モルヒネの盗難騒ぎもある。死んだ当主の枕からは九つの結び目のある紐が見つかったが、これは「魔女の梯子」と名付けられた黒ミサの道具なのだ。毒殺なのか超常現象なのかわからなくなってきた。
 マイクはスティーブンスに協力を依頼するが、彼もまた別の疑惑を抱いている。編集を担当することになった19世紀の犯罪実話に、1861年の事件があり、マリー・ドープリーの写真があるのだが、その顔は自分の妻マリーにそっくり。マリーは「魔女の梯子」に似た結び目のある紐を持ち歩いている。しかもデスパード家の当主死亡の日、彼ら夫婦は同じ町の別荘で一夜を過ごしていた。上記のデスパード家の事件を妻に話すと、翌朝、妻は失踪していた。事件に関与しているのではないか、妻は「不死の人間」ではないか、という疑惑がスティーブンスを悩ます。
 これまでカーの作品にはオカルティズムの趣向がいろいろ登場してきたが、話のつま、というか、雰囲気作りでのためのギミックという扱いだったが、ここではストーリーにオカルティズムは不可欠。そのうえ、封印した納骨堂での死体消失や扉の前で消える女性など不可能趣味も満載。小説のほとんどは、マイク、パーティントン、スティーブンス(途中からブレナン警部が加わる)の話あいばかりなのに、ページを繰る手は止まらない。彼らの饒舌は、現在のデスパード家の不思議から、それぞれの過去(デスパード家の連中に、パーティントンにスティーブンスに、ヘンダーソンにみんな脛に傷持つ連中。彼らの過去は事件に関係しているのでよく覚えておくこと)に、毒殺事件の歴史にと、とどまるところを知らない。断片的な情報を集めるほどに、事件はあり得ないことが起きたという確信を深めていくだろう。
 残り70ページになったところで、スティーブンスの編集している犯罪実話の著者ゴーダン・クロスが現れる。過去殺人で有罪となる20年間収監されていた不気味な男が、不可能と思われた事件から、スティーブンスの妻への疑惑まで、一刀両断に解き明かす。これは見事な解決。まあ、現実の物理世界ではちょっと無理だよなあと思えるところもあるが、十分に実現可能な範囲。犯人の意外性も十分な水準。ああ、よいミステリーだったという感想を持った後に、数ページのエピローグが続く。ある登場人物のモノローグは、それまでの理性と科学によるクロスの解決をまるごと転倒してしまう。そして、読者はエピローグの解決のほうが現在の事件を説明するより確からしい説明であると考える。ところが、その説明を受け入れるためには、超常現象があるという前提をとりいれないとならない。そうすると、それまでの解決では説明しなかったこと、ゆり椅子に腰かけて手招きする女性やスティーブンスの周囲で泣く猫の声やさまざまなところに落ちている「魔女の梯子」やギルバーグ地方の歴史など、が新しい物語となって浮かび上がる。
 クロスの説明は世界の秩序をそのまま維持することができるが犯罪の説明としては不十分、エピローグで開かれる説明は犯罪を十分に説明するが世界の秩序は崩れる。では世界を維持しつつ犯罪を説明する物語はあるかというと、たぶんこの小説に書かれた情報だけでは構築できない。それができないように、フェル博士もH・M卿も登場しない。させてはならない。小説の地と図を決めると、すぐに裏返り、反転した地と図もそのまま維持できなくて、すぐに反転。こういう足元を崩す不安が生まれてくる。
 こういう終わらせ方はミステリーのジャンルではリドルストーリーと呼ばれるが、自分は戦後の実験小説との親近性を感じたな。アドルフォ・ビオイ=カサーレス「モレルの発明」カルロス・フエンテス「アウラ」フリオ・コルタサル「悪魔の涎・追い求める男」を思い出すし、なによりボルヘスカルヴィーノにありそうじゃない。そういうジャンルを超えた連想を読者にもたらすだけでも素晴らしい。この作者のミステリーのなかで屈指の傑作。
 1937年作。自分のもっているのは、ハヤカワ文庫初版なので、カバーイラストがちょっとちがう。