odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

大江健三郎「同時代ゲーム」(新潮社)-2

2016/01/15 大江健三郎「同時代ゲーム」(新潮社)-1
 

繰り返すけれども、このエントリーでは村=国家=小宇宙の神話と歴史を詳述しない。「M/Tと森のフシギの物語」(岩波書店)で語られたものの差異を指摘するようにまとめる(発表順と一致しないのだが、今回の再読の順番に基づくのでそうする)。

第一の手紙 メキシコから、時のはじまりにむかって ・・・ 語り手「僕」の状況説明。15年戦争(としたほうがのちの50日戦争」との対比で意味が明らかになるだろう)の前に生まれる。父=神主の息子として生まれ(この職業に就いたのは村の中心から疎外された家であることを明示)、双子の妹がいる。父=神主は「僕」を村の神話、歴史を書くものとして(それまで神話と歴史は語る言葉や古文書で伝承されてきた)、妹を巫女として育てる。この関係は近親相姦をイメージするとともに、のちの「兄@懐かしい時への手紙」と語り手との関係を暗示するだろうし、「燃え上がる緑の木」シリーズのアンドロギュノスも想起することになる。双子のイメージはこの小説でいろいろ反復されるので記憶するべき。青年になって歴史学を勉強するために都会の大学に進学し、おりからの新左翼運動に関与して鉄パイプ爆弾の製造を担当する。実験の日に、突如闘争を放棄。その後紆余曲折を経て、メキシコに日本文学講師として赴任。メキシコから自動車で数時間かかる荒野に村=国家=小宇宙の移住先にふさわしい光景を幻視する。
 この章では、村=国家=小宇宙の開祖神話と「僕」の村から出た後の経験が重ねられる。鉄パイプ爆弾の爆発が壊す人の岩盤爆破に、歯痛が轟音による最初の移住者の転居に、闘牛が敗戦直後の杉十郎首塚の銃撃テロに、という具合。あるいは、「僕」がメキシコの大学生と安ホテルで性行するとか、歯痛で苦悶するのが、妹との過去の体験に重なるというのも語られる。
 「僕」の過去は「セブンティーン」「万延元年のフットボール(の鷹四)」などを髣髴させる。メキシコのできごとはこの後の短編に反映している。「身がわり山羊の反撃@現代伝奇集」「メヒコの大抜け穴@いかに木を殺すか」など。
第二の手紙 犬ほどの大きさのもの ・・・ ここでは「僕」と妹の家族の情報が伝えられる。父=神主は余所者であるが、村の意向で神話と歴史を研究するものになり、社務所にこもる。子供は二人の兄に「僕」と妹と弟。妻は父=神主が追放している。子供らの中から「僕」と妹が神話と歴史につらなるものとして選ばれ「スパルタ教育」がなされる。ここがのちの村=国家=小宇宙サーガと異なるところで、父のスパルタ教育で教授された神話や歴史はのちには祖母や母の語りで伝承されるのだ。それを反映してかこの小説では、神話と歴史は「僕」によって複数のバリアントが併記され、民俗学や文学などからの批判が加わる。時間継起もごちゃごちゃであった(もともとの伝承が断片ばかりだから)のが、のちには時間の流れが一貫した物語になっている。
 この章では、村=国家=小宇宙の創建時代が描かれる。大爆破で開かれた後に、大音塊による住み替え、壊す人の独裁と創建者たちの消滅、妻であるオシコメの独裁、壊す人の毒殺、1000日の喪。ここには暴力的な挿話が満載。子供と若者が家族と家を破壊するとか、壊す人が創建者たちを強制労働するとか、壊す人の毒殺死体を村人が食うとか。これらの暴力的な挿話はのちのサーガでは割愛された(と記憶しているがどうだったっけ?)。食われた壊す人は男根のみが木の根元に残り、妹が発見して犬の大きさほどまで回復したという。死と再生の象徴だね。
 あと面白いのは、「僕」が幼少のころに社務所や寺で見た地獄絵図が通常の仏教のものと違っていて、それはこの創建時代を表現しているだろうというのと、同じく絵巻物に創建時代が描かれていて最後には犬の大きさほどにまで回復した壊す人が描かれているというところ。過去と未来はすでに書かれていて、現在はそれを読み取ることにある。ガルシア=マルケス百年の孤独」やボルヘスの短編にあるような着想。神話や歴史もテキストのひとつ。
第三の手紙 「牛鬼」および「暗がりの神」 ・・・「僕」は「アワジ」の最後に生まれた20歳の青年とあい、亀井銘助の一揆を劇にする手伝いをする。村では戦後、子供が生まれず、20歳の青年のあと子供が生まれていない。消滅が目前に迫った集落の伝承を残すことを青年はミッションにする。
 創建時代のあと、村=国家=小宇宙はほぼ自給自足の「自由時代」を過ごす。国内交易の旅商人に蝋を販売して富を蓄える。維新の前後に土佐あたり脱藩志士が迷い込んだり、下流の村の一揆集が村=国家=小宇宙に群れを成してくるなどして、隠れていた村が藩権力に取り込まれるようになる。そのころから二重戸籍の仕組みが始まる。亀井銘助は藩と一揆の交渉役にして、道化もの。村人は銘助を放逐し、獄中で夭逝させることになった。その後、村人は家の台所にメイスケサンを祀り、さまざまな危機の際にメイスケサンに祈ることになる。村の嫌われ者、災いをもたらした者が没後に神になったわけだ。


2016/01/13 大江健三郎「同時代ゲーム」(新潮社)-3
2016/01/12 大江健三郎「同時代ゲーム」(新潮社)-4
2016/01/11 大江健三郎「同時代ゲーム」(新潮社)-5