odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

開高健「食卓は笑う」(新潮社) 東西南北を問わず食卓の座談は必須、ジョークを披露し座を盛り上げなければならない。

 戦後の海外映画を見る楽しみの一つが、レストランの食事場面。着飾った紳士淑女がワインやシャンペンのグラスを取り、銀のフォークやナイフで大きな皿にきれいに並べられた肉や魚を食べ、バターをパンにつける。こういう西洋の上流階級の食事の風景は、この国の割烹や料亭の食事とはまるで違っていた。かの国の生産性や豪奢な暮らしにあこがれをみたのだろう。たとえば、007シリーズやヒッチコック映画など。もちろん、庶民がパブや居酒屋やホイリゲなどで騒ぎながら食事をとるシーンもあって、それはそれで面白さがあったけど。
 著者は1960年の中国訪問を皮切りに、固定相場制でなかなか海外に行けなかった時代に積極的に渡航していた。そうすると、食事は上流レストランから居酒屋から路上の屋台まで、さまざまな場所でとることになったわけだが、そこで著者がタフだと思うのは、ホストや隣席に座る人々に積極的に話しかけること。東西南北を問わず食卓の座談は必須で、そこでうまくしゃべれると、思いがけない話を聞いたり、人との関係が開けることがある。座談の際に、ジョークを披露することも重要な技術であり、座を盛り上げるためのしゅだんであった。あいにくこの国では(おそらく)戦前の家父長制度などで食卓でしゃべることは不謹慎であるとされていたし、宴会でも話芸で楽しむことより芸を披露することのほうが優先された(司馬遼太郎「竜馬が行く」の宴会シーン、特に薩長同盟成立後や竜馬の故郷帰還時、を参照)。なので日本人が海外で食卓を囲むと無聊を囲うことになり、日本人は疎外感を感じたらしい。

 そこで、著者は数々の海外体験から、食卓で披露するジョークのいくつかを開陳する。もとは毎日新聞に連載されたもので、出版にあたって手を入れた。章題も「アペリチフ」「オードブル」「スープ」「魚・肉料理」「サラダ」などフルコースの手順を使うなどしゃれている。個々のジョークをあげても仕方ないので、最後のジョーク、小話を披露するときの注意点を抜書きしようか。
・祖国の悪口をしゃべるジョークに外国人が同調すると、相手の反感を買うことがある
・他人のジョークに「それ、知っている」といってはいけない。
・下ネタはメンバーの気質がよくわかってから。
・相手の話が面白くなかった時、だまりこんでシラけるのは失礼にあたる。
・自分がジョークを披露するときは、準備練習してから。前口上は不要。
 なかなか難しいねえ。この国のサラリーマンや公務員は長期の海外滞在をしたものだが、あまり社交の良い話を聞かないねえ。むしろ日本人だけの閉鎖グループをつくって、評判を落としていたみたい(堀田善衛「19階日本横町」集英社文庫)。
 この本は1982年にでて、1986年に文庫化。今は品切れ。まあ、小話にしろ、それが語られているときの状況にしろ、他の海外ルポ(「オーパ」シリーズ、「もっと遠く」「もっと広く」、小田実/開高健「世界カタコト辞典」など)に書かれている。そういうもっと大きな取材や話題のなかで、ふっと食卓の話題が出てきたときのほうが印象深かった。
 ここに収録されている小話、ジョークのいくつかは21世紀の公正性などに照らし合わせると、アウトなものがある。人権が大幅に拡張されて、同時に権利侵害に対する評価が厳しくなっているから。かつてのようにマジョリティによるマイノリティの権利侵害を「シャレだよ、シャレ」ですませるわけにはいかない。なので、ときに眉を顰めたり、怒りを覚えるようなものがあるので、注意されたい。

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