odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

開高健「もっと広く! 上下」(文春文庫) アメリカ大陸縦断大名旅行。貧困者や差別者は目を凝らさないと日本人には見えてこない。

 「もっと広く!」はラテン・アメリカ編。1979-81年ではこの用語は人口に膾炙していなかったと見える。自分もそうで、この言葉を知るのはガルシア=マルケスボルヘスなどを読むようになった80年代後半。なので、メキシコがこちらにはいっている。無理やりこじつければ、先進国編と途上国編となる(経済発展が起きたのは、メキシコが1980年代、ブラジルが21世紀のゼロ年代)。
 「もっと遠く!」の1970年の北米は、経済成長に陰りがあったとしても、世界で最大の生産量と富を持っている国。なので、アラスカの田舎ホテルで、栓をひねればお湯が出て、電気が煌々と輝くサービスを受けることができる。貧困者や差別者は目を凝らさないと見えてこない(本多勝一アメリカ合州国」にあるような差別と貧困の放置があった)。それがメキシコ国境を越えた途端に、それらの公共サービスがなくなり、差別と貧困が路上のあちこちにみえる。そのうえ、ラテン・アメリカでは開発独裁や軍事政権ができ、左翼ゲリラと政府軍の戦闘があり、マフィアや麻薬組織や誘拐ビジネスなどの無法があって政府は取り締まり切れない。北米編ののんびりムードが消え、ピリピリした緊張といら立ちがスタッフに現れる(ベトナムやビアフラなどの取材経験を持つ作家のみが楽しむ余裕を持っている)。

モクテスマの復讐 ・・・ 該当する映画なし。メキシコを訪れた外国人が必ずかかる下痢のこと。太平洋岸でタイを釣る。

昼下りの情事 ・・・ ビリー・ワイルダー監督1957年公開。ベネゼエラのオリノコ河でバスを釣る。マジック・リアリズム文学に出てきそうな色事師のおっさん。軍事政権とゲリラと誘拐犯への怯え。

雲の中の散歩 ・・・ ピエロ・テッリーニ監督1942年公開。ベネゼエラからコロンビアへ。アンデス高地(富士山より高い)を自動車で移動。たくさんの自動車事故の墓標。貧困。荒蕪地。

緑の館 ・・・ メル・ファーラー監督1969年公開。コロンビアの日本人宝石商の助けを借りて、ジャングルの釣や草原の釣をする。自然の豊穣とコカイン・マフィアの富の対称。

ゴッド・ファーザー ・・・ フランシス・フォード・コッポラ監督1972年公開。ペルーでリマ市のドン・ルーチョの誘いで太平洋岸まで30人ででて、大掛かりな釣りをする。真夏なのに海は冷たく、取れない。

砂漠の鼠 ・・・ ロバート・ワイズ監督1953年公開。ペルー。ナスカの地上絵(デニケンなどでうわさは聞いていたが、いった人の写真を見るのはこれがはじめてだったなあ)。貧困。ネズミやモルモットがうまいことについて。

昨日・今日・明日 ・・・ ヴィットリオ・デ・シーカ監督1964年公開。チリに入る。1970-73年アジェンデの社会主義政権がピノチェトのクーデターで軍事政権になって6年目。投票で社会主義国になった人々に、「社会主義ヲドウ思イマスカ」と質問する。その答えは本書の中にあるとして、この時代がガブリエル・ガルシア=マルケス「戒厳令下チリ潜入記」と同じころであり、たくさんの人々が逮捕状なしに行方不明になっていたのが知られるようになっていたころ。行きずりの旅行者であるからこそ率直に口を開く人もいれば、それでもなお眉に唾を付けていた人もいるだろうし。「社会主義国がある日、社会主義国でなくなったとき」を想像しているが、その10年後にソ連と東欧諸国がそのようになるとはだれも予想していなかった。

さらば、草原よ ・・・ タンゴのスタンダードナンバー。アルゼンチンにはいる。ドラド釣り。一方でホテルに缶詰めになって原稿書き。マゼラン海峡に到達。出発から9カ月。ここで別れるスタッフに南アメリカに似た石に長い別れの言葉を書く(即興でこのような見事な文をつくりだす技術に感嘆、嫉妬)。


 この旅行は複数の企業(作家が昔所属していたところや出版社など)のスポンサーがあり、彼らの手配で現地在住の日本人の支援を受けることができる。彼らは現地で起業して成功している人たち。社会のエグゼクティブで、エリートとの交友もある。おかげで予算と人員たっぷりの豪勢な釣り旅行を楽しめる(ことにペルー編の小旅行はすごい)。
 それがおのずと、社会を見る眼を曇らせることになるかもしれず、なるほどピノチェト政権下のチリで集めた市民の証言は貴重ではあっても、そこからでる印象や感想はあいまいなものになる。
 それらに目くじらを立てるよりも、この本などを通じて作家がこの国の人々に大人の旅行を教えたことに注目しよう。敗戦後この国は渡航制限が置かれ、1964年に解除されても円安は容易に海外に出かけることをためらわせた。円高になって海外旅行に出かけるようになった1970年代では、おなじみの観光地を周遊しお土産を大量に買い込むパッケージされたツアーか、バックパックを背負った貧乏旅行くらいしかなく(あとは中年男性の欲望を満たすための恥のツアー)、そこにこのような大人の遊びが提示された。ここが本書の重要なところ。
(まあ、その影響がどの程度のものかは測りかねるが。1980年代の日本人の海外旅行や海外での振る舞いが賞賛されることはめったになかった。個人や小グループで移動するときは慇懃であっても、集団になると無礼になるというのが評価の相場。)

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