odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

都筑道夫「朱漆の壁に血がしたたる」(角川文庫)

 推理作家の紬志津夫(短編「悪役俳優」1989.12@袋小路にも同名の作家が登場)が、読者の応募した不可能状況を解決するチャレンジに取組ことになった。謎解きはできるが、そうする合理的な理由を思いつかないと悩む。再婚した若い妻が、昔似たような事件があったと思い出したので、紬は物部太郎(二つ名はものぐさ太郎)事務所に同行取材を依頼する。太郎は拒否、片岡直次郎が承知して、石川県能登半島の山間の村に向かった。
 最初に訪れたのは、昭和22年の事件を掘り起こして記事を書いた記者。すでに引退していたが、取材ノートに思い当たる犯人名を書いておいたので探しておこうという。片岡と娘さんで記者の知り合いの聞き込みに。しかし、帰宅すると何かに刺されて死んでいた。凶器が見当たらないことから殺人と思われる。
 そのあと、当時の事件が起きた森田家に投宿。いまは中年の兄弟が住んでいて、事件は彼らの父親世代で起きたらしい。それよりまえの戦前には蔵の中で心中事件もあって、当時の当主が朱漆で壁を塗り込むということまでやった。そこに当時の日記が残っているというので、片岡は蔵の二階で、紬は出入りの見える部屋で日記を読みこんでいった。蔵に降りると、森田家の娘が刺されて死んでいる。紬は出入りがないと証言。そのために、駐在の巡査によって片岡は逮捕されてしまう。
 このあと、森田家の息子が蛇塚という塚に縛り付けられて死んでいるのが発見。死後に縛られたらしい。足元には禿人形があり、不吉な戒名が書いてある。さらに、納屋では見知らぬ女性の全裸死体。奇怪なことに首が切られてなくなっている。さほど大きくない家で、3件の殺人事件。紬は夜中に不思議な女性を見かけて、森の中をさまよい、山狩りをして明け方にようやく発見。その夜には森田家の兄弟がいなくなり、森の中で銃声が聞こえる。


 という具合に、人間関係を掴むことも難しいくらいの山間の村で、ジェットコースターのように事件が進展している一方、太郎はというと夫の霊が取りついて困る。毎日一時間でいいので、この事務所に通って監視してくれないかという女性の依頼人が来る。ときに街に出ると、紬の妻が早く帰ってくるよう説得できないかと頼む。なので、逮捕された片岡に出動要請を受けても、生来のものぐさとあいまってなかなか腰をあげない。
 これまでのものぐさ太郎の長編(「七十五羽の烏」「最長不倒距離」)と違うな、と思ったのは、事件に関与するしかたがずっと自然になって、森田家に入るまではハードボイルドの様式。ところが森田家に入ると、横溝正史の戦後長編のようになる。なるほど村の因習から外部に追い出したものが帰還したことで、因縁や怨念が噴出して秩序が壊れていく。事件にパニックになった村人らの悪意は余所者に向けられる。そのうえ、探偵は事件の中に入ってこないで、外から観察するばかり。なるほど、これは都筑道夫版「八つ墓村」なのね。そこで発表年をみると1977年で、横溝正史の大ブームのさなかであった。野村芳太郎監督「八つ墓村」が同年に公開。
 出版社の企画が先行した作品なのではないかしら。こういう敗戦直後にあった泥臭い探偵小説には作家はずっと批判的だった(当時はやったカーの長編には批判的だったし、横溝の長編では「獄門島」以外への言及はなさそう)。この小説でも「大げさなトリックは推理小説を泥臭くする働きしかない」「推理小説は不自然なことを自然にしてみせる小説」と自説を披露し、紬に読者の応募した不可解状況にも謎解きはいくつもできるがそれをした理由を思いつくことができないと嘆かせる。そういう泥臭い作品を要求されても、作家は合理的・自然な謎解きを貫く(まあ、過去の事件の関係者の錯綜が現在にまで及ぶというところは泥臭い)。
 それでも作家の資質や主張に合わない作品なので、ぎくしゃくしている。ものぐさ太郎と片岡直次郎のコンビもここで終了。