odd_hatchの読書ノート

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都筑道夫「最長不倒距離」(角川文庫)

 「七十五羽の烏」事件を解決したので、ものぐさ太郎の父が勝手に新たな依頼人と契約してしまった。今度は黒馬温泉の老舗旅館。むかし心中事件があって幽霊が出ると評判だったのに、最近ちっともでない。どうにかもう一度出るようにならないか、という突拍子もないもの。まあ温泉につかってスキーでもして、失敗しましたと帰ってくればよいという気持ちで12月の半ばに出かけていく。
  
 そこで遭遇したのは、以下の怪現象。鐙屋(あぶみや)という老舗旅館で太郎が男の影をガラス越しに見かけるが誰もいない。大きな木の幹をまたいだスキーのシュプールがその先も続いている(木の周りには異常なし)。
 折から吹雪ものすごく、隣の旅館との行き来も困難になる、ついには雪の重みに耐えかねて、電話の架線が切れ、ふもととの道も埋もれ除雪車も入れない。太郎と片岡のほかに投宿していたのは、津山めぐみにみのり(元声優)の姉妹、岩下富神のインテリアデザイン会社の経営チーム、布施恭治という得体のしれない30男、藤江修(40代)と晴恵(10代)の年の差夫婦(晴恵は宿の若い男にちょっかいを出している)。旅館の主人は諸角という初老の男性で、心中事件のほか、数年前に公金拐帯事件があって金が見つからないということも教える。番頭の中桐も実直そうな中年。
 野天風呂場が騒がしい、と皆で駆け付けると、見知らぬ女性が湯船に浮かんでいる。頭部を打ったのが死因。髪の毛のみならず全身の毛が剃られ(やくざの浮気防止の嫌がらせだそう)、男物の腕時計を二つ締めている。かつらも見当たらない。鐙屋の客ではないのに、なんで野天風呂に来たのか。そのうえ、死んだ女の名前で太郎宛に電話がかかってきた。
 外に出ようがないので、とりあえず太郎と片岡に捜査権を渡そうということで衆議一決し、ふたりは個別に話を聞きに行くが、どうにも要領を得ない。そのうち、死体をおさめた三畳間で、死体の脇に線香で「I know her」と文字が書かれている。すわ、犯人の挑戦状と色めきたつなか、布施恭治がスキーの乾燥室の中で、首を切られて死んでいた。扉越しに、片岡は「天人のおりたる松に日も落ちて、貝をひろうて舟にぶつかる」といういまわの際の声を聴く。ダイイングメッセージと混乱するが、どうも犯人を示したものではなさそうだ、ということに落ち着き、連句のような換喩ではないかと太郎はいろいろひねくる。
 太郎は動きたくないとだだをこね、ものぐさの「最長不倒距離」樹立を目指すとうそぶくも、全裸の姉妹と若い奥さんに混浴風呂で犯人が誰とといつめられるわ、もってきた指輪(手錠の親指版)で拘束されかかるわ、犯人の目星がついたところでスノーモビルで逃走されそうになるわ、と忙しい。最後のシーンでは、スノーもビルを追いかけるために、国際強化選手に選ばれそうになるくらいのスキーの腕前を披露して、雪がやんだ直後の急斜面を滑り降りる(ここで笠井潔「アポカリプス殺人事件」でめったに運動しない矢吹駆がスポーツカーにクライミングを披露したのを思い出した)。この国ではなかなか安楽椅子探偵を務めるのは大変です。
 1973年初出のものぐさ太郎と片岡直次郎コンビの第2長編。「吹雪の中の山荘」という探偵小説マニア垂涎の状況。二番目の事件が密室だったが、その不可解さに拘泥することなく、解決はスマートで自然。そのうえ、互いに無関係であると思われる人たちがそれぞれの思惑で動いているので、事件が混乱してしまった。たとえば、幽霊事件「解決(依頼者を納得させる)」のために、片岡直次郎がしこんでおいたのが、別人に利用されたとか(これは小説の真ん中あたりに出てくるので、記述しても大丈夫)。その錯綜さを太郎がみごとにときほぐす。上に書いた事件に関係のなさそうなできごともちゃんと理由と方法が説明されて、読み終えたときにはひとつも謎がない状態になっている。歴史や民俗学そのたの蘊蓄や描写が少ないので、前作よりもスマートに思える。まあ、パズルの出来と解決のスマートさに感嘆して、余韻がないのが欠点に思えるほど。ああ、どこまで読者は傲慢になっちまうのかねえ。

最長不倒距離 (光文社文庫)

最長不倒距離 (光文社文庫)