odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-1 人為的な選抜によって新しい種を作れるのだから、自然状態でも同じことが起きているに違いない。偶然におきた変異は子孫の残しやすさで種に定着していく。

 ダーウィン種の起源」1858年を読むのは35年ぶり、二回目。前回は長い長い記述にへこたれて、文字を目でトレースしただけだった。ダーウィンの考えはほとんど読み取れなかった。でも、進化論や科学史に興味があったので、そのあと今日までに、多数の進化論、博物学、西洋近代史、科学史などの本を読んだ。あの冗長なラマルク「動物哲学」だって、ヘッケル「生命の不可思議」だって読破した。そうしたうえでの再読。今回はどうなるか。
2016/09/15 ジャン・ラマルク「動物哲学」(岩波文庫)-1 1809年
2016/09/14 ジャン・ラマルク「動物哲学」(岩波文庫)-2 1809年
2016/09/13 エルンスト・ヘッケル「生命の不可思議 上」(岩波文庫) 1904年
2016/09/12 エルンスト・ヘッケル「生命の不可思議 下」(岩波文庫) 1904年


 ちなみに前回読んだのは八杉龍一訳の岩波文庫。今回は渡辺政隆訳の光文社古典新訳文庫。八杉は遺伝学、進化論の研究者。原文に忠実であろうとしたので、訳文はこなれていないという評判だった。

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 はじめに ・・・ 本書が生まれた経緯と章ごとの要約。種の起源を考える前提の観察は、生物相互の類似性、胚発生上の関係、地理的分布、地質学記録、気候、食物、習性など。自然状態と家畜や栽培植物と比較する。すでに定説になった観念は、変異、マルサスの原理(個体数増減)、遺伝。
(ラマルク「動物哲学」が1809年に書かれたとき、依拠したのは主に分類学。個人的な観察範囲での行動や習性など。それから50年たったとき、ダーウィンが使える知識は広範に広がっていた。博物学の外の学問からも使える知識は多かった。わずかな期間のようにおもえるが半世紀で科学はずいぶん蓄積した。ダーウィンもそれらをよく使いこなした。)

飼育栽培下における変異 ・・・ 栽培植物・飼育動物では人間の使用や愛玩を獲得するために選抜を行う。すると、ある程度の代替わりによって形質の変異がみられる。人間が選抜で無視している形質ではほとんど変異はみられない。選抜による差異を何代もかけて一つの方向に蓄積させることで大きな結果を出すことができる。栽培や育種は過去数千年に行われ、家畜・栽培植物・愛玩動物などに大きな品種・亜品種を生み出してきた。これと同じ選抜効果が自然状態でも起きているのではないか。どんな変異でもいいわけではなく、生殖前の影響が変異を生じさせ、遺伝しない変異は意味がない。自然状態では生殖・繁殖がなかなか行われないので、変異はなかなか観察されない。それに自然状態では変異が起きても原種の形質を取り戻すことがしばしば。
ダーウィンによると、初版出版の4分の3世紀まえから選抜による育種が行われてきたという。これはイギリス上流階級で博物学趣味が流行り、育種が上流階級で行われたことを意味する。農家・畜産家・養蜂家などの職業としての育種は研究対象にならなかった。また4分の3世紀の育種の観察結果が論文にでるようになったので、ダーウィンは他人の観察と知識を使えるようになった。これは18世紀の博物学者であるリンネ・キュヴィエ・ビュフォン・ラマルクらが使えなかった知見。その分ダーウィンは巨人の肩の上のほうにいることができた。)

自然条件下での変異 ・・・ 自然条件下の生物では変異(遺伝する変化)はないと思われがちだが、訓練された研究者は変異を見つけることができる。しかし、個体差、中間的な移行段階、変種などが多数あり、研究者によって種の区別はあいまい。なので種の定義はここでは扱わない。
ダーウィンのころは、種の分類が主に形態に基づき、分布域・交雑可能性・行動の類似性なども考慮するくらいの時代だった。「現在で優勢な生物集団は変異した優勢な子孫を数多く残すことでなおいっそう優勢となる」というように遺伝子プールのイメージをダーウィンはもっていた。)

生存闘争 ・・・ 生物は指数関数的な増加率で個体数を増加しようとする。しかしたいていの場合、個体は繁殖する前に死んでしまい、変異には影響しない(遺伝しない変異は意味がない)。それは同種や多種と資源(食べ物、すみか、繁殖機会など)を争っていて、争いの中で死ぬ個体がでるから。しかし、繁殖できた個体のわずかな変異が有用(ダーウィンはそう書く)であれば、保存される個体の利益が繁殖を助け、子孫に伝えられる。
(生存闘争には二種類あることを柴谷篤弘「今西進化論批判試論」(朝日出版社)が指摘しているので、柴谷の説明をまとめたのを再掲。

「ひとつは、同じような環境で同じようなえさを捕食し、同じような行動様式を持ちながら互いに干渉しあうことのない(えさや住処をめぐるバッティングがない)二つの種があるとする。そのとき差異になるのは増殖の速度がわずかに異なるということのみ。そうすると環境全体の生物数には制限があるが、このような種が世代交代をするうちにわずかな増殖速度の違いによって、世代をずっと交替したのちには片方の種が別の種を駆逐するだろう。こういうI型の生存競争がある。見かけは共存。しかし、超長期的には競争が行われている。もうひとつは従来ないし俗化された同じえさをめぐる同種ないし似たような種の間の競争。こちらはみかけは競争だが、普通はこのII型の競争である種が駆逐されることはなく、超長期的な共存(個体数の増減はあっても)とみなせる。」)

(struggleを「闘争」と訳すのはちょっと意味がずれるのではないか。struggleはラグビーのボールを奪取するために何人もの選手が押し合いへし合いしている状態をイメージしよう。ボールを奪取するために、狭いスペースに選手が殺到して、ごしゃごしゃしていて、その中の運のいい選手がボールを奪取する。選手が周りの選手とけんかや食い合いをしているわけではない。実際、動物のえさの取り合いでも、一つのえさをめぐって、競争相手を殺したり食ったりすることはまずないのだし。えさ場から競争相手を一時的に追い出せばそれでおしまいになる。)
(というよしなしごとを書くのは、「生存闘争」が官僚制の立身出世や市場経済での競争の比喩としてかたられることがしばしばだから。自然界の「生存闘争」は足の引っ張り合いや競争から脱落したものの死を意味していない。そこをごっちゃにして、官僚制や市場経済の競争を肯定する論拠として「進化論」が出てくるのはとてもおかしいし、進化論を勉強している者には迷惑。)

 

 

 19世紀に書かれた学術書(しかし一般読者向けの書物)は今日のスタイルの学術書とはとても異なる。ダーウィン特有のことかもしれないが、本書では重要な概念が説明抜きで使われる。とくに「変異」「形質」。ここは高校生物学の知識を思い出して補うようにしよう(あたしは説明しないよ)。またここには「進化」という概念もでてこない。これも進化論の本を読んでいるのに、最重要な概念が出てこないことに違和感をもつ。
 なので、本書では生物に変異が起こり変種から新種ができるまで仕組みをまとめた文章が出てこない。生存闘争、自然選択などの概念を理解しながら、この仕組みを構成する作業は読者が各人で行わなければならない。ここは高校生物学の知識を思い出して補うようにしよう。ただし、高校生物学では習わないが、重要なアイデアが頻出する。メモを取りながら読むようにしよう。
(言わずもがなだけど、ある形質が遺伝するのは生殖細胞の遺伝子に情報があるから。獲得形質の遺伝が否定されているのは、ある個体が獲得した形質が生殖細胞の遺伝子に伝わる可能性がないから。逆に生殖細胞レベルでおきるランダムな遺伝子の変異は遺伝する。ここらを間違えないように。なお、ある研究では獲得形質の遺伝が起きているという報告もあるとのこと。)

 

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2020/05/29 チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-1 1858年
2020/05/28 チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-2 1858年
2020/05/26 チャールズ・ダーウィン「種の起源 下」(光文社古典新訳文庫)-1 1858年
2020/05/25 チャールズ・ダーウィン「種の起源 下 」(光文社古典新訳文庫)-2 1858年