odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-2 自然淘汰は個体数の増加と(構造と行動の)多様化をもたらす。遺伝的浮動、性淘汰、地理的隔離、ニッチェ等のアイデアはすでにできていた。

2020/05/29 チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-1 1858年

 

 リンネ、キュヴィエ、ビュフォン、ラマルクらの18世紀の博物学者やナチュラリストと、彼らより50年後のダーウィンの違いは、生物の知識が圧倒的に増大、地質学その他の他の学問の成果を利用可能、地質学の成果で地球上のできごとが変化・変貌していくことが常識になっている、歴史的時間がとても長くなった、などを挙げられる。なので、数千万から数億の個体がいろいろな場所で生存闘争をしながら交雑し、変異が遺伝され、形質が変化して新たな居場所を獲得し(対抗する種を減少させ)、個体数を増加する。この営みが数千から数億世代も続いてきた。変異が蓄積されて新たな種や属が観察できる。この流れは、今後も続いていく。こういうイメージをもてるようになった。
 ただダーウィンの時代には遺伝の事実は知られていたが、そのメカニズムがわかっていなかった。なので交雑と遺伝の説明はあいまい。ときに後から見たら間違った説明もしている。

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自然淘汰 ・・・ Natural Serectionを自然選択と訳さず、自然淘汰とする(訳者の考え)。有利な変異は遺伝によって保存され、不利な変異は排除される。それを自然淘汰という。ちょっとした差異(変異)で生存可能性が大きく変わる。自然淘汰は生物の基本構成を変えて、構造を多様化する。多様化すると生存可能性が高くなる。多様化が進むと、空いている居場所に住み着くことができ、個体数増加の可能性が高まる。自然淘汰が働きやすいのは、個体数が多い生物、完全に占有されていない居場所がある、繁殖のたびに交雑(雌雄同体では働きにくい)、移動範囲の広い生物、地理的隔離がおきている、など。遺伝によって変種間の小さな差異が種間の大きな差異に増大する。競争(生存闘争)が激しいのは近縁種の間。
(生物の集団があるところにいるとき、餌の奪い合いが起きて充分な栄養を取れないとか、生殖機会が限られるとか、発育中の子孫が育ちにくいとかがおきて、個体数を増加できないことがある。そのときに、生物集団の異端者が、同種や近縁種が食べないものを食べるようになる、移動能力を高めて餌場を広くする、行動機会を昼から夜に変える、生体に栄養貯蔵場所を持たせる、産みっぱなしをやめて子育てをする、その他の変異を起こし、新しい場所で生存機会を増やす。そうすると、種の生存場所が広がると同時に、もとの場所にいた集団とは交雑できなくなり、新しい種の集団になる。元の種はいなくなるか、別の変異を起こして形質を変えていく。数千、数万の世代交代を経ると、元の種そのままの集団はなくなって多数の別の種集団になっている。そういうのが自然淘汰。「弱肉強食」のような捕食-被食は集団全体の盛衰にはほとんど影響しない。)
ダーウィンの主張の核心がここに記述されている。自然淘汰にかかわる要因をあげ、どのように自然淘汰が働くかをさまざまな生物の例を出して細かく論じる。ただ一点、遺伝のメカニズムをのぞいて。生物の特徴は個体数の増加と(構造と行動の)多様化にあるとみなす。性淘汰、地理的隔離、ニッチェ等の概念がすでにあり、20世紀の生態学や動物行動学はダーウィンのアイデアに源流があることがわかる。
 ダーウィンの記述で重要なのは、生物の形質、行動、変異、自然淘汰に目的論や主体を持ち込まないこと。ダーウィニズムでは生物に目的や主体はありません。それらが入らないように記述することは重要です。そうしないと、ホーリズムや生気論の暗黒面に落ち込んでしまう。上でも「有利」「不利」がでてくるが、あくまで結果としてそうだったと言っているに過ぎない。まあ、トートロジーであるといえば、そうです。
 「種の起源」はテキストだが、唯一「自然淘汰」の章に図が載っている。いくつかの原種が自然淘汰を繰り返して、亜変種・変種などが生まれ、適応(という言葉をダーウィンは使っていない)しなかった亜変種・変種は絶滅し、生き延びたものはさらに変異をおこしていき、現生種につながるというのも。縦軸は時間ないし世代。ダーウィンは亜変種や変種ができるのに、数千世代から1万世代くらいを想定している。その予測が正しいかどうかは別にして、この図が画期的なのは時間の概念が入っていること。)

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変異の法則 ・・・ 変異の原因(と子孫に伝えられる原因)は不明。気候、食物、習性が関係しているかも。変異のパターンとして、痕跡器官や退化、気候順化、先祖帰りなどの事例を挙げる。
(18世紀のナチュラリスト分類学者は複雑なものから形質が脱落して単純なものになったと考えていたが、ダーウィンは単純なものが多様化して複雑になると考えていた。この考えはラマルクに先例があり、すでに複雑から単純になるという遞降(ていこう、degradiation)の考えはすたれていたものと推測。器官の変異では用不用を考慮しているが、ラマルキズムのように生物の主体、努力、意思などを認めない。あくまで自然淘汰で変異を次代に継げられなかったと説明する。変異の原因でも、生物の主体とか意思などを持ち込まない。ダーウィンの説明には形而上学イデアがない。これはロックやヒュームのイギリス経験論の系譜にあるからだろう。あるいはニュートンの影響もあるかもしれないと妄想。)
2016/09/15 ジャン・ラマルク「動物哲学」(岩波文庫)-1 1809年
2016/09/14 ジャン・ラマルク「動物哲学」(岩波文庫)-2 1809年

学説の難題 ・・・ 予想される難題。1.中間段階や中間種が見つからないのはなぜ? → 地質記録が少ないから。現生生物では中間段階や移行段階にある個体はたくさんあるよ。2.目のような(完璧な)構造はなぜできるのか → 目、肺、発電、発光、翼などもそうだと考えられるが、細かい移行段階は存在しますよ。種だけでなく、属や科、目までみてね。それに「完璧」という器官や生物は存在しないよ。居場所でライバルに勝てるくらいのある程度な完成度でかまわないし、環境が変わると生存条件が変わって別の変異が生じるよ。2-2.独特な習性をもっている種がなぜ生まれるのか? → きわめて独特な環境適応の例は説明が難しい(当時)。でも生息場所を広くとれば、同じ種のなかに習性が異なる亜種や変種はたくさんみつかるよ。3.本能は自然状態で獲得、変更できるか → 次章で検討。4.種間交雑は不稔であったり不稔の子を産むが、変種の交雑では稔性があるのはなぜ? → 次章以降で検討。
(この「難題」は今でも反進化論や反ダーウィニズム論者が持ち出している。すでにダーウィンが回答済。なので、ここらの「難題」をいまどき持ち出すのは恥ずかしいことだよ。ことに、創造説論者。創造説では移行段階があることを説明できない。一方、自然淘汰は環境の多様性と生存場所の多彩さ、とても長い時間を考慮すると、生物の多様性は説明可能になる。)

 

 

 本書では、生物の行動や習性、形態などの記述がたくさんでてくる。ダーウィンの説明を補強するための実例を挙げているためであるが、同時にこれは読む博物学書であることも意味する。動画を再生することのできない時代に、こういう記述そのものが知的好奇心を満たすコンテンツであった。


(21世紀にこの記述を読むのはたいへんなので、適宜流し読み。今なら写真を見せたり、動画のリンクを貼るなどして、理解を進めることができるだろう。)
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チャールズ・ダーウィン/レベッカ・ステフォフ (編集)「若い読者のための『種の起源』」あすなろ書房
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 鳥の話題でよく登場する「グールド氏」は、鳥類学者のジョン・グールドのこと。

ja.wikipedia.org


 美しい鳥類図鑑を作ったことで有名。手彩色の銅版画はため息が出るほど美しい。

j-gould.tamagawa.jp

 

2020/05/26 チャールズ・ダーウィン「種の起源 下」(光文社古典新訳文庫)-1 1858年
2020/05/25 チャールズ・ダーウィン「種の起源 下 」(光文社古典新訳文庫)-2 1858年