odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

二階堂黎人「名探偵の肖像」(講談社文庫)

 1993年発売直後に「聖アウスラ修道院の惨劇」を読んだのだが、エーコ薔薇の名前」を表層だけなぞると、こんなにうすっぺらになるかと怒って投げ捨て、ずっと読んでいなかった。それから四半世紀をへての再会。

ルパンの慈善 ・・・ ルパン物のパスティーシュ。中世時代の聖遺物がローマ教会に奉納されることになった。それをルパンが狙うという手紙が届く。警備にあたったガニマール警部の前でまんまと、三重の扉の先にある聖遺室から盗まれた。田舎教会の盗難事件など、どうでもよさそうな挿話がひとつにまとまる。

風邪の証言 ・・・ デジタルカメラで作った写真によるアリバイを崩す。昭和の銀塩カメラによる偽装アリバイトリックへのオマージュ。鬼貫警部は鮎川哲也の名探偵。

ネクロポリスの男 ・・・ 冷凍睡眠から一年おきに一日だけ起こされる男。連作短編の第1話になるはずだった話。都筑道夫闇を喰う男」「未来警察殺人課」のオマージュか。

素人カースケの世紀の対決 ・・・ 客の希望に合わせた最適なミステリを紹介する「読むリエ」がいる「読書ラン」。大学生がそこにいき、有名評論家と本あての賭けをする。ダール「味」のパスティーシュ。素人の書物愛が専門家の博識を凌駕するという話だが、年を取ると「書物愛」も「博識」も眼力を曇らせるというのは、この後の対談で確認できる。残念ながら。

赤死荘の殺人 ・・・ マスターズ警部に殺人の予告状が届く。かつて赤死病@ポーで一族が死に、その呪いがかかっているという館で殺人が起こるという。警察の監視のなか、3人が入って、ひとりが死体で、一人が容疑者として発見された。あとから来たひとりは呪いをかけた死者の姿をみたという。死体はその直後に消失。幽霊屋敷の殺人劇。文体がカーらしくなっていて、筋もそれらしい。この短編集の白眉。カーの小説の小ネタが惜しげなくつぎ込んであるので、カーをできるだけたくさん読んでから、このパスティーシュにかかったほうがいい。

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 以上の短編には興味がなく、この本を購入したのは以下が載っていたから。おれも30年がかりで約50冊を集めて、全部二回読んで感想を書いたからね。

対談 地上最大のカー問答(芦辺拓×二階堂黎人) ・・・ 1996年の対談。当時でもカーの全長編を読むのは困難だったのに、翻訳のほぼすべてを読んだ作家による対談。そういえば、このころはクイーンの長編の読み直しなどがあって、カーは影薄かった。その再評価を願う企画。彼らによると、日本のカー受容では、乱歩・横溝の作家的関心が読者の期待をすかした、未訳・絶版が多くて全体像をつかめない、翻訳も抄訳・誤訳のために評価を下げた、入手しやすいカーの作品は期待をすかすものが多かった、とされる。通常カーの特徴は、不可能犯罪とトリック案出、オカルトや魔術による幻惑、ドタバタ愛好とされるが、ストーリーテラー(ロマンス指向)なのが最も重要という。このあたりの指摘はおおむね同意。
(返す刀で、カー批判の急先鋒だった都筑道夫のトリックよりロジック重視に文句をつける。なので都筑のロジック重視作品は無味乾燥という。まあ、もののべ三部作や「退職刑事」にはあてはまるだろうが、ほかの作品までそう思われるのは困る。都筑もカー同様にロマンス指向はあったからね。)
 この対談でもれているのは、19世紀のモラルと20世紀のモラルのぶつかり合い。第1次大戦の衝撃はヨーロッパのモラルを変えてしまった。無数の無名の死が社会や共同体の規範を無効にしてしまった。なのでそれ以降の若者はより自由主義個人主義を志向するが、大戦前に成人した人たちは共同体の道徳を守ろうとする。その相克が事件によってあらわになる。おおむねフェル博士もH・M卿は大戦前生まれの世代であるが、若者のモラルに理解を示し、世代の調停役になる。カーがそこを書いているのは重要(ヴァン・ダイン、クイーン、クリスティ、クロフツはそうではない)。
 1990年代のイギリスでは、クイーンはあまり評価されず、カーの物語性が評価されているという。日本と西洋の差もあるが、ここでは英米の差だろう。自国の作家やながく移住していた作家に目を向けるというのはよくあるのではないか(カーはながらくロンドンに在住)。

随筆 ジョン・ディクスン・カーの全作品を論じる ・・・ 1999年に書いた全作品の感想。
 備忘のために著者のおすすめを記録。
S級・・・「三つの棺」「ユダの窓」「プレーグ・コートの殺人」
A級・・・「夜歩く」「白い僧院の殺人」「赤後家の殺人」「火刑法廷」「孔雀の羽」「曲った蝶番」「連続殺人事件」「緑のカプセルの謎」「囁く影」
B級・・・その他
D級(珍品)・・・「絞首台の謎」「盲目の理髪師」「剣の八」「エレヴェーター殺人事件」「青銅ランプの呪」「パンチとジュディ」「亡霊たちの真昼」「深夜の密使」
 トリック志向の著者のリストは、ストーリーテリングに重きを置く自分のリストとは違う。
ジョン・ディクスン・カー INDEX
 たとえば、「絞首台の謎」「ユダの窓」「ビロードの悪魔」「火よ燃えろ」の評価の違い。その程度の揺らぎが起こるのは当然。
 そのことよりも気になるのは、当時30代後半から40歳の著者の文章が子供っぽいこと。あえていえば品がないこと。書物愛という空疎な観念が駄作や凡作への罵倒になっている。そのうえ文体が大学生並みの書き飛ばしと飛躍ばかりになっている。「素人カースケの世紀の対決」の大学生カースケがいつのまにか傲慢な評論家に転化し、常套句を並べただけの凡庸な批評を書いているようなもの。
 乱歩や松田道弘などの新旧「カー問答」は文体の品があり、教養や知性を漂わせていたのが、ここにはない。作家や作品への敬意も感じられない。他者への配慮を行うことができていない。たぶん「表現の自由」の根拠になる正義や善をきちんと考えていない(なので、世代間モラルの葛藤というテーマに気づかない)。高慢やひとりよがりは早熟な学生にはほほえましく鷹揚になっていられるが、30歳を過ぎた大人では気になる。