odd_hatchの読書ノート

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埴谷雄高「死霊 II」(講談社文芸文庫)「第五章 夢魔の世界」-2 スパイ査問事件

2021/06/15 埴谷雄高「死霊 II」(講談社文芸文庫)「第五章 夢魔の世界」-1「死者の電話箱」 1975年の続き 

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 目を開けた高志に与志はロケットを見せる。「あのひとはなぜ死んだか」の問いに高志は「俺が子供の存在を容認しなかったから」「自由意思でできることは二つある。自殺と子供を作らぬこと」と答える。自分の子供に革命を伝承することは、「目的なき目的、生そのもののごときもの」である子供に期待するのは不遜であり、人類の追誤であり堕落であるとつづける。なんとなれば、革命は「意識的に創造された生」であり、自覚を持つものはすべて革命家なのだから。
 そして、高志は3年前の事件を語る。すなわち社会運動の組織が高志のいる下部組織にスパイの査問を命じてきた。旋盤工であるスパイは上部の秘密会議の監視役を務めてきたが、上部は彼を無視する。「単独派」の書いた「自分だけでおこなう革命」を読んだとき、天啓が訪れ、「上部」がある限り革命は必ずゆがめられるのであり、革命家は25歳を過ぎると必然的に革命の利用者、似非革命家、上部病患者になるのである。革命とは瞬間においてのみ「ある」から、組織は絶えず更新されねばならない。という理屈で上部の幹部を警察に売り渡していたのだった。
 査問者(海豚、一角犀、議長、彗星、「単独派(高志)」、首)は組織防衛と規律違反で死を命じる。ここで一角犀が旋盤工のいうことを取り上げ、上部病治癒のために上部を売り渡すか党内闘争をするか、人間の「処理」か変革かと疑問を呈する。議長は単独派に一任し、「あちらで彼(スパイ)を預かってもらい、(革命が成就した)百年後に証人になれ」とスパイにシンパシーをもった一角犀に実行責任者を命じる。このあとの陰惨な殺人はサマリーに書かない。
 旋盤工の理論は、作者が「政治論集」に書いた内容に他ならない。おおよその感想は「政治論集」のエントリーに書いたので繰り返さない。理論や思想に問題があるとして、ここはスパイと党のパフォーマンスと成果について。抽象化された設定で言えば、他者危害を厭わない党もそれを告発し権力に売るスパイもどちらも不正義で悪だというのが答え(ただ、当時の日本の警察国家全体主義国家において、社会運動に関与したものは党と警察の権力から逃れることができない。警察が追い、党が統制しているとなると、逃げ場がない。唯一、警察に逮捕されて転向するという手段があったが、今度は社会的に抹殺される。それにひどい悔悟の気分が続く)。
 さて、このような旋盤工の理論は笠井潔の「熾天使の夏」「バイバイ、エンジェル」に主人公である矢吹駆が持っていることに等しい。矢吹は革命家として、単独派と同じような査問とリンチを行う。そして党から脱落し、国家から追われる。彼は1970年代の青年らしく、国から逃げ、国家や共同体の庇護を受けない「単独者」として異国に住むことになる。そういう選択が可能な状況があのころはあった。
 とはいえ、旋盤工や矢吹駆や「単独者」のような革命や党を人権よりも優先する思考や行動規範は誤りなのだ。このスパイ査問事件で重大な人権侵害を起こし、関係者を不幸にするくらいに。もとにあるレーニンの「国家と革命」を廃棄しないといけないよなあ。党も革命家も存在しない状況で、国家の体制を変革した事例は20世紀だけでも多数あるので、それに習うべき。
 もうひとつは、革命や党のような観念に自分を合わせるような、存在革命を志向しないこと。自分の弱さを克服する苦痛や苦悩を任務にしないこと。それをしない(ように見える)他人に存在革命を突き付けたり、それを理由に弾劾・排除・嫌悪しないこと。いま-ここに制約された存在であることを自覚して、できることをできる時間にやればいい。24時間の革命家であることを己にも他人にも強制しない。
(という具合に、1975年で新左翼の「内ゲバ」が深刻な思想問題になっていたころには、突き刺さるようなリアリティをもっていた本章も、21世紀にはちょっと間の抜けたおとぎ話になってしまった感。なにしろこいつらの「革命」には労働も、生活も、生産も出てこないからね。作者はレーニンが国家公務員の賃金に上限をつける意見に感銘を受けているが、こいつらはそのような話(だけでは足りないが)をしない。)
 さて、多数の死者を出してしまった高志は重篤不眠症に悩まされる。処刑したものと処刑されたものが幽霊となって出て、顔も知らない幽霊が現れる。高志はこの家は幽霊屋敷という。奇しくも津田夫人が言い当てたのと同じ言葉。そして「窮極の秘密を打ち明ける夢魔」の話を続ける。 

    

    

 

 2021/06/11 埴谷雄高「死霊 II」(講談社文芸文庫)「第五章 夢魔の世界」-3 窮極の秘密を打ち明ける夢魔 1975年に続く