odd_hatchの読書ノート

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林屋辰三郎「日本の歴史12 天下一統」(中公文庫) 侍は土地から切り離され独立自営ができなくなる

 前巻である杉山博「日本の歴史11 戦国大名」(中公文庫)の続き。文庫版は1974年だが、単行本では1960年代初頭の初出。
 1550-1600年までの天下統一運動のまとめ。主要登場人物は織田信長豊臣秀吉、そして徳川家康。この国の人がとても好きな時代と人々。自分は小学校高学年から中学生にかけて、司馬遼太郎の小説を読みふけったので、この時代の知識はおおむね司馬の小説によっている。あんまり細部までおぼえこんでしまったので、この歴史書ではあらたな興味を覚えず。理由のひとつはこの本が司馬の小説の元ネタではないかと思うくらいに細部が同じであり(あたりまえ!)、もうひとつは1960-70年代の中世史の泰斗である著者の筆致が読み物風であんまり考察がないのにうんざりしたのと、さらには領地を増やすための武士の合戦に興味をなくしつつあるという個人的な事情にある。なので多くの人が関心を持つどの地にだれそれという大名がいて、何年にどこそこで合戦があり、部下の誰某が殊勲をあげたなどの記述は読み飛ばしてしまった。
 そういう関心の持ち主なので、読後の感想はいささかひねくれてしまう。

・大名たちの「天下一統」という思想はいったいどこから生まれてきたのか。この本に登場する世代はその親がのし上がって、地方の「国」を平定して、その遺産をもとに事業拡大することになった第二世代になる。その世代になるといっせいに、天下取りという考えをもつようになる。その「天下取り」の欲望や野心というのが、史書にある大名たちの行動からは読み取れないのだ。秦の始皇帝とか漢の高祖とか魏の曹操みたいに、個人的な野心に還元してよいものか、はてさて。

・そして天下取りが達成されると、それまで活躍していた武人たちは仕事がなくなる。代わりに統制管理に秀でたエリートが政治の主導権をにぎる。まあ、圧倒的ナンバーワンの営業活動で業績を伸ばしてきた会社が上場を果たすと、内部統制に秀でたエリートたちがそれまで会社を牛耳ってきた粗野で活動的な営業マンを排除して経営の中心になる。急成長して、社会の変化に対応するために組織が変わりルールが変わると、武骨な英雄たちは疎外される。敵を倒し天下一になった英雄は次に何をするか。「水滸伝」「里見八犬伝」「ベーオウルフ」などにある英雄譚と共通する英雄の苦悩がここに見ることができる。それが典型的に現れるのが、織田信長豊臣秀吉というカリスマ経営者の没後。しっかりと権限譲渡の準備をしていなかったので、あるいは不十分だったので、組織は内紛でがたがたになるというわけだ。以下の記述とあわせて、貝塚茂樹「世界の歴史03 中国のあけぼの」(河出文庫)を参照。

・このような英雄を支えたのが、兵農分離で誕生した専任軍人。そのような生産性のない組織を抱えることができるようになるには、いくつかの条件がある。農業の生産性向上で、少人数で大量生産が可能になること。大量に生産された米を備蓄し販売することで剰余資産が生まれる。それを軍人組織に投資した。彼らは領地を拡大し、藩(でいいのかな)の生産性をさらに向上するという効果を生む。同時に、藩内の秩序が安定するので商業が盛んになり、そこから税金を徴収して(代償はその土地の平安だ)、資産を増やす。そういう事業拡大が可能になったわけだ。そこには16世紀には荘園制が機能しなくなり、天皇や宮廷には権力も権威もなく、それを当然としている状況がある。もうひとつは、生産性の拡大が土地と結びついた村や<惣>の役割を変えていった。人員リソースが余剰になったので、一部は村を出て兵士になる。専任軍人は村や惣から食い扶持をもらう必要がなくなり(藩が支給するからね)、兵と村の関係が希薄になる。そこに信長がやったような軍人の定期的突発的な移動でますます兵と農が分離する。そういう社会と階級の変化があったわけだ。鈴木良一「織田信長」(岩波新書)を参照。

・信長と秀吉の政策で興味深いのは、楽市楽座という商業の自由化(それまでは寺社が特定商品の専売権をもつという規制があって、彼らはそれを外側から壊した)、貨幣の統一化と管理(それまでは中国からの輸入貨幣を使っていて、悪貨と良貨がごっちゃに流通していた。それでは決済や交易に支障が出るし、藩の資産価値も変動が激しくなる。そこで安定した通貨にする必要がある)、測定単位の統一(重さ、長さ、体積などの売買の基準を統一することも商業の自由化と公平化には不可欠)など。平安、鎌倉のころは物納であったのが、中国の貨幣の流通で銭納も許されるようになった。それをさらに拡大発展しようという考え。ちなみに自由経済と貨幣・度量衡などの統一は秦や漢の古代中央集権国家が統一後に行った施策と一致。ここでようやく中央集権の制度ができるようになった。中国に遅れること数千年というタイムラグ。網野善彦/阿部謹也「中世の再発見」(平凡社ライブラリ)を参照。
(追記:ここはさらに膨らませることができる。すなわち「天下一統」のタイトルがつくのは、中世ではそれまで東国政権と西国政権があり、東北や九州もまた独立の王国群であったとみなすことができる。それが、家康によって統一政権に代わる。その最終的な勝利が島原の乱であった。堀田善衛「海鳴りの底から」参照)

・天下一統により天下人の権力と権威を領地の隅々まで行き届らせる。その典型的な政策が検地と刀狩。中央から官僚が派遣され、権力と権威をもとに武士以外を管理し、法令を順守させ、徴税を徹底する。このような官僚化が進んだわけだ。ヒックス「経済史の理論」(講談社学術文庫)によると、資本主義の成立には3つの条件がある。それを踏まえると、金融資本の発達と官僚化された中央集権は信長と秀吉の政策によって準備されていた。ここに生産資本が誕生していれば、この国で資本主義が誕生していた可能性がある。あいにく、家康はその芽を摘み、経済政策としては反動になってしまう。そうでなければ、もしかしたら、1850年代の黒船の衝撃はなかったこの国の歴史を構想することができ、信長・秀吉の急逝がもたらしたものを考えるのは楽しい。
(追記:検地と刀狩の重要性を上では見ていなかった。農民の台帳を作って徴税が行いやすくなることが検知であり、農民を強制的に武装解除したのが刀狩。それによって農民らによる反乱の可能性をつぶした。最終的な勝利は上の追記のように島原の乱1637-38年。)

 

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