odd_hatchの読書ノート

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鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-3

2016/03/29 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-1
2016/03/30 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-2 の続き。

 中世後期になると、都市ができる。この成立過程も重要。都市もいくつかの類型に分かれる。
 その前に商人について。当時のヨーロッパでは輸送費が高かった。なにしろ利用できる運搬リソースは人しかない(馬は希少で陸運には使われなかったなのだろう。水路はごく限られた場所だけ)。なので、地方ごとに商品の価格差がとても大きく、輸送費を加えても、ヨーロッパ内部の貿易は大きな利益がでた。権力の後ろ盾のない商人はギルドをつくって、互いを守る。そのような商業活動が盛んになる。
1.商業都市: 農業生産性が上がったので、分業ができるようになる。商人とか手工業者とか。彼らの生産品や輸入品を販売する場所は、定期的な市であったが、取扱量が増え規模が大きくなると不便になったので、領主の城砦や居城のそとに家を構えるようになった。商人が自分らも砦の中に入れろと要求して、城と周囲を囲む二つの城壁を持つ都市ができるようになった。近代になって邪魔になって城壁を破壊した都市もあれば(たとえばウィーン。 小宮正安「ヨハン・シュトラウス」(中公新書) )、現在にも城壁を残す都市もある。
2.自治都市: 商人や手工業者そのたの人々が集まって、自治を宣言し、王権の届かない場所として機能。この都市はイタリアに多く見られて、羽仁五郎が民主的運営の規範とみなす。市民は過重な負担を請け負った。市民になるにあたっての宣誓、税金、賦役、軍役など。
3.建設都市: 市民がまとまって植民して作った都市。バルチック海沿岸に多かったという(だからポーランドバルト三国にドイツ系の人々がたくさんいるわけだ、なるほど)。
 都市はこのように王権や教権から独立して誕生したので、自治と民主主義で運営されることが多かった。たいていは都市への忠誠を誓約しなければ市民の資格を得られず、さまざまな過重な負担を負わなければならなかった。そのうえ、都市は狭く、周辺からの食料調達にも限界がある。都市で流通する食料には不正やインチキが横行したので、厳しいとりしまりがあった。収容できる人口には限界があるので、市民にはなかなかなれなくなる。市民は多くの場合、城壁の中に住むものをいう。難民や亡命者は城壁の外に住まわされ、彼らに市民の権利があったわけでない。羽仁五郎が称賛するほどのユートピアではないのに注意。まあ、自治権とか民主主義は継承されたので、近代以降、抵抗権を駆使する市民が権力打倒の示威行為や蜂起をすることができた。
 都市は領主と対立してできることが多かった。領主の既得権益(市の運営とか特産品の販売とか)を商人の自由経済に移るわけだから。しかし、国家にとって都市は利用価値があった。都市に自治権を売りつけて利益を得られたから(織田信長が堺を利用した仕組みと同じ)。これが国家の新たな収益源になり、都市を持たない領主が没落していく。というのはフランスやイギリスの話で、ドイツでは国王の権力が弱く、地方の小領主に都市は対抗できて、長らく都市の自治が行われる。

2016/04/01 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-4 に続く。