odd_hatchの読書ノート

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加藤尚武「現代倫理学入門」(講談社学術文庫)-2 功利主義の限界を明らかにし、次の世代の倫理学の輪郭を作るための問題を洗い出す

2023/08/09 加藤尚武「現代倫理学入門」(講談社学術文庫)-1 カントの内面の格率による規範意識も、ベンサムの最大多数の最大幸福も、ミルの自由主義も、道徳や倫理の形式化にはうまくいかない。 1997年の続き

 

 以後は功利主義の限界を明らかにすることと、次の世代の倫理学の輪郭を作るための問題の洗い出し。

10 正直者が損をすることはどうしたら防げるか ・・・ 「囚人のジレンマ」のゲームでも利益よりエゴイズムを優先することが多く、多数決の集計結果が投票行為と一致しない(最大利益と一致しない)ことがある。民主主義や単純多数決は最善の決定方式ではない。ときに民主主義が戦争や内戦の理由になる(多数者は少数者をせん滅しようとし、少数者は抵抗する)。経済が成功して安定した社会であることが民主主義の前提なのだろう。

「自分が少数派になることが分かっている人は、投票方式に賛成しないかもしれない。「投票の結果が予測できない」ということは、投票が斉一するための必要条件であることになる(P163)」。

(この国の低投票率の理由のひとつかも。)

11 他人に迷惑をかけなければ何をしてもよいか ・・・ 自由主義の問題。

自由主義の原則は、要約すると、「1判断能力のある大人なら、2自分の生命、身体、財産にかんして、3他人に危害を及ぼさない限り、4たとえその決定が当人にとって不利益なことでも、5自己決定の権限をもつ」となる。ところが、この五つの条件のすべてに難問がからんでいる。何を自由にしてよいかについて、大枠の合意が必要である。(P167)」

 自由主義は何を積極的にするべきかを一切触れないし、自己決定が最高原理なので、人格の完成目標、万人が持つべき美徳などの理想を掲げない。愚行権を認めることが人生を愚行に終わらせる危険をはらむ。
サンデルロールズなどのコミュニタリアンは価値を共同体や社会に置くが、自由主義国家は自由を制限することでしかない。自由の制限を国家に認めると、全体主義権威主義になってしまう。というわけで、国家と自由の間で対立が生じる。あとバイオエシックスバイオポリティクスの現場では自己決定権に問題が生じる。)

12 貧しい人を助けるのは豊かな人の義務であるか ・・・ 義務には完全に履行するべきものと履行に不完全であってもよいものがあり、自分への義務と他人への義務がある。このマトリックスの4通りを検討する。すると、自殺を良しとする論も人工妊娠中絶をよし(もしくは不可)とする論も説明できてしまう。また他人の貧困への行為は不完全義務とするのが功利主義であるが、ロールズアマルティア・センなどは貧乏人ほど配分を多くすべき、むしろ人間の安全保障をすべきと主張している。一方、社会福祉は完全義務ではないとするハイエクやノジックが主張している(リバタリアニズムやアナルコキャピタリズムの考え)。

13 現在の人間には未来の人間に対する義務があるか ・・・ 封建制は未来の世代に過去の資源を配分する仕組みを持っていた。近代の教時的なシステムは未来世代に責任を持たないというものだった(たとえば国家の成立を歴史的に説明しないために社会契約説が生まれた)。しかし近代と現在は未来に資源の枯渇と環境悪化を残す。未来の世代とは対話ができない一方的な関係であるが、未来の世代は現在の環k等を引き継ぐのであるから、地球を安全な形で残すのは現在の世代の(完全)義務である。
(途中にロールズの正義論や無知のヴェールは社会契約説の復活だと批判している。著者はロールズの議論は功利主義批判にならないといっていて、くやしいが反論できない。まあ無知のヴェール説は自分も納得していないけど。)

14 正義は時代によって変わるか ・・・ 地理や歴史などで価値判断や正義は変わるという相対主義は誤っている。そう主張するものは複数の価値体系を鳥瞰できると錯誤している。価値判断が異なるという事例のたいていは事実判断が変わったことに由来。相対主義で思考停止するのではなく、異文化の接触や時代の変化が急激な時は「何が同一であれば変化に耐えられるか」こそが問題になる。

15 科学の発達に限界を定めることができるか ・・・ 科学批判のまとめ。科学技術の問題は、非人間化・巨大化・ブラックボックス化・自然破壊など。科学や技術は価値中立ではない。といって近代以前に戻れというのは解決にならない。1980年代の科学批判の水準なので不充分。

 

 著者の本は加藤尚武「環境倫理学のすすめ」(丸善ライブラリ) 1991年を読んでいて、「ここで主張されることはいろいろ気に障って仕方がない」という感想になったが、本書でも同じ。気に障るが口答えできないというなんとも嫌な気分になってしまう。
 とはいえ、14の章の問題はよくでてくるものだし、そこに登場する屁理屈やデマを潰すのに役立つ。そこは利用しましょう。相対主義自由主義、科学批判など。