odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

小林和之「『おろかもの』の正義論」(ちくま新書) 「生命」「自由」はメタ価値ではない。「特別な」価値だ。

 「正しさ」を考えるやり方について。2004年刊行。

第1章 「正しさ」は必要か ・・・ 「正しい」を説明する際に、本書では、「絶対」に依拠しない、内面の問題にしない、約束事を作り上げるというやり方で考える。なお「正しさ」は具体的に語る(あるいは具体事例において現れる。正しさには二種類ある。規範的な「正しさ」と事実的な「正しさ」。これを区別しないと、議論はグダグダになり、かみあわなくなる。

第2章 すべての価値を支える価値は何か ・・・ 「生命」「自由」はメタ価値ではない。「特別な」価値だ。価値観の違いを認めるところから「正しさ」の探求が始まる(議論の終了ではない)。

第3章 規範は「死」を決められるか ・・・ 規範的な「正しさ」と事実的な「正しさ」の違いを脳死で検討。ここの議論は粗雑なので(ドナーの場合だけを検討)、以下を参照。
2021/10/29 米本昌平「バイオポリティクス」(中公新書)-1 2006年
2021/10/28 米本昌平「バイオポリティクス」(中公新書)-2 2006年

第4章 事実とは何か―事実と社会システム ・・・ 「事実は規範が決める」ことを大学(研究機関)の場合と、裁判所の場合で説明。いずれも事実をシステムで決めるようになっている。大学(研究機関)の科学の方法は以下で補完。
2020/05/21 森田邦久「科学哲学講義」(ちくま新書) 2012年
2022/11/10 野家啓一「パラダイムとは何か」(講談社学術文庫) 2008年
 裁判所の事例はロック「市民政府論」で補完。

第5章 科学は正義を決められるか ・・・ 正しさを決めるシステムを持っている科学は事実的な「正しさ」を扱えるが、規範的な「正しさ」を担保するか。しない。

第6章 他人に迷惑をかけてはいけないか ・・・ 例えば自動車は日本で毎年1万人の事故死者をだしているが、自動車禁止にはならない。過失責任制は加害・損害行為の一部を免除し、社会的な公益を尊重している。しかし近年はさまざまに規制することで、迷惑をかけてはいけないような社会を作るようになっている。「迷惑」の言葉の曖昧さに乗じて感情的な議論をするのは危険。

第7章 選択の自由があるのはいいことか ・・・ 選択を拡大することは競争社会にふさわしい政策。それは強者をより有利にする(弱者に負担をかける)。
(ハロルド・ウィンター「人でなしの経済理論」(バジリコ)のトレードオフが有効ではないのは、第6.7章の議論に関わる。)

第8章 暴力をどう管理するか ・・・ 社会や国家による暴力である死刑制度の是非について。罪なき者を殺さない、被害者感情を優先する、も制度の存否を決めるてがかりにはならない。
(補足すると、21世紀の20年代には「(死にたいが自殺できないので)死刑になりたいために無関係な他人を殺す」者が多数出てきて、死刑は犯罪の抑止力であるとは思えなくなった。こういう自殺志願者の暴力は女性や老人、障碍者、幼児などの弱者に向けられる。「誰でもいい(から殺したい)」は社会の差別構造の現れ。)

第9章 国家とは何か ・・・ 「愛国心」の検討。国(nation)と国家(state)を区別しないとカルトや宗教に巻き込まれる。道具としての国、公共としての国という程度で国を考えよう。
 道具としての国を使って「正しさ」を実現する方法を考える際には、政治学の基礎を知っておくとよい。
2020/11/05 北山俊哉/真渕勝/久米郁男「はじめて出会う政治学 -- フリー・ライダーを超えて 新版」(有斐閣アルマ)-1 2003年
2020/11/03 北山俊哉/真渕勝/久米郁男「はじめて出会う政治学 -- フリー・ライダーを超えて 新版」(有斐閣アルマ)-2 2003年
2020/11/2 加茂利男/大西仁/石田徹/伊藤恭彦「現代政治学 新版」(有斐閣アルマ)-1 2003年
2020/10/30 加茂利男/大西仁/石田徹/伊藤恭彦「現代政治学 新版」(有斐閣アルマ)-2 2003年

第10章 民主主義は「正しさ」を実現できるか ・・・ 「民主主義で問われているのは、民衆の無知・無能・怠惰がもたらす危険と、権力者の圧政の棄権と、どちらを取るのか」「よいものを求めるのではなく、悪いものを避けるという選択」。これは合理的な解はなく、信念の問題になる。
(一応言っておくと、選択した結果が誤っていたので元に戻そうとするとき、「権力者の圧政」「全体主義」を解体するのはすごく面倒で、高コストで、時間がかかる。社会が壊れ、復興の際に混乱が起きる。ときに自分が傷つく。)

第11章 「正しさ」の世紀へ ・・・ 「正しいことをやらない理由」。1.無力感、無能感、恐怖、怠惰。2.傍観者。3.個と国しかない思い込み、など。環境破壊に対しては功利主義やエゴイズムでは対応できない。
 これから生まれてくる子供たちへの倫理は以下を参考に。
2018/11/22 柄谷行人「倫理21」(平凡社)-1 2000年
2018/11/20 柄谷行人「倫理21」(平凡社)-2 2000年
補論 「未来を選ぶ」ということ ・・・ 「未来は値するか」論文の批判に対する反論。

 

 タイトルには「正義論」はついているが、アダム・スミスカントロールズサンデルの議論はでてこない。それは「正義」と「正しさ」は具体的な事例において現れるから。その態度は正しい。
 でも「正義は他人の生命・身体・財産を傷つける行為を行わないこと(アダム・スミス)」は共通・共有事項としてここから出発していいのではないかな。本書にあげた事例のように、ステークホルダーの利害がぶつかってトレードオフを取れない場合もあるだろうけど、そこはロールズの格差原理の出番だ、というようなこれまで積み重ねた議論を使えるだろうに。
 「正しさ」や「正義」を考え、国を使う方法を考えるための入り口。ここから入って、その先に進もう。でもその先の地図がないので本書は不便でした。