odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ウィリアム・シェイクスピア「ハムレット」(新潮文庫) 俺はハムレットに状況を他人よりも深く正しく把握し、事態を個人の力で変えようとする強い意志を感じた

ときは11世紀ころ? デンマークの先王ハムレット急死のあと、係累のクローディアスが後を継いだ。先王の急逝のあと息子ハムレットは憂いが晴れず、服喪の黒服を身に着けている。おりしもエルノシアの城に怪異の噂が立つ。先王の亡霊が王子ハムレットの前に立ち、自分の死はクローディアスの奸計によるのである、復讐の誓いを立てよ、と命じる。先王の声を聴いたものはハムレットひとりであるが、その時からハムレットは転換する。すなわち、ぼろを身にまとい、身の始末をつけず、わけのわからぬことをわめくのである。その様子は友人ホレイショ、学友ローゼンクランツ、ギルデンスターンを困惑させ、許嫁オフェーリアを嫉妬で苦しめ、クローディアスと妻でありハムレットの母であるガートルードの眉を顰めさせるのである。狂乱の貴公子ハムレット。しかし冷めた頭脳の奥では復讐計画が着々と進んでおり、一度はクローディアス暗殺の機会を得るも闇討ちは卑怯と怒りを鎮める。時は旅の芸人に黙劇と即興劇を王宮で演じさせた時に来る。誰も知らぬはずの先王ハムレットの死の様子が上演されるのを見て、クローディアスは青ざめ、ひきこもる。王子ハムレットが彼をいさめるガートルードの部屋で宰相ポローニアスを刺し殺してしまう。さらにはオフェーリアも狂気のうちに溺死、バルト海に覇を唱えるデンマーク国もがたがたになりかねない。ポローニアスの息子レイアーティーズは敵討ちを申し込み、クローディアスはハムレットを亡き者とするために奸計を施す。そして王室の者が集まる中、ハムレットはレイアーティーズと剣を合わせるのであった。

 1601年ころに地球(グローブ)座の旗揚げ興行で初演された畢生の名作。すでに数億人が読み、上演を見て、数十万人(当社調べ)が感想や論文を書いているとなると、俺の二度目の読書の感想を事上げすることもあるまい。これは読めであり、聞けなのだ。日本語翻訳では饒舌でありすぎるように思えるのであるが、イギリスの俳優たちによる上演や朗読を聞くとき、そんなことはなくて、緊張感の続く優れた舞台になるのである。朗読では4時間かかるのであるが、舞台のもっと早口で相手のセリフの尻を食い合うテンポでは3時間弱でおさまる(ただし慣習的なカットが入るケースがある)。もとより日本人の耳では、イギリス古英語はそのままでは理解できるはずもなく、言語の音楽的感興を楽しむことになる。それにしても、観衆は戯曲をほぼ暗記していて、主題や登場人物などを勉強・議論しあっていて、演出にも一家言をもっているとなると、俳優も演出家も挑戦と恐怖のいずれをも感じるのであろう。ほとんどの舞台は初見であり、筋を追うことに気を集める日本の舞台とはあり方やシステムが異なるだろうことがわかる。(なるほどプロの劇団のみならず素人も友人家族をあつめてシェイクスピアを頻繁に上演して、批評しあうとなると、フランスやイタリア、ドイツのようにオペラに関心を寄せることもなかったのだろうと推測する。)
<参考エントリー>
2012/04/04 マイケル・イネス「ハムレット復讐せよ」(国書刊行会)

 王子ハムレットであるが、たいていは苦悩し分裂するキャラクターに注目するのであるが、俺はむしろ状況を他人よりも深く正しく把握し、事態を個人の力で変えようとする強い意志を感じた。先王の亡霊の命令があったかどうかは不明として(なので、ハムレットの妄想が王権を破壊する解釈もありうる)、前時代的な敵討ちを遂行するプロジェクトを独力で進める。そこはマクベスオテロのように誰かの助言を必要とするヒーローとは異なる。サマリーにいれたような疑惑を決定的なものにするためにトリックを仕掛けるのであるし、計画を知っては止めろと言ってくるであろうホレイショ他の学友には冗談や軽躁で韜晦し、深く観察するために計画や秘密を察知するかもしれないオフェーリアやガートルードには嫌悪やハラスメント(現代的視点において)でもって遠ざける。ハムレットは貴公子であり、策士であり(イギリスに放逐されるのを機智によって切り抜ける)、冷酷なリアリストであり(学友を裏切るのを躊躇しない)、道化である。
 多分彼には中心はないし、本心などないのだ。先王が死んだ時点で抜け殻になったあと、亡霊の霊言によって外から使命を与えられる。それを計画し実行する際、人間的な感情や感覚は失われている(なのでポローニアス殺害を反省しないし、オフェーリアの事故死に混乱しない)。がらんどうの人間が行うのは、相手に合わせて仮面をかぶって場面に必要な役割を「演技」すること。計画を実現し当面の目標を達成したとき、その先には何もない。なので、ハムレットは死ぬし、死ぬことが自己実現なのであった。なんとも複雑な人物。それが中世からルネサンスで異彩を放つ。
 ほかにもホレイショやローゼンクランツ、ギルデンスターンにフォーカスして、彼らの視点でこの「悲劇」を読むことができる。そうすると、事件の全体(とりあえずは先王ハムレット、ポローニアス、オフェーリアの殺害事件の真相とか、デンマーク周辺諸国との確執など)を見直すこともできる。なるほどこれは繰り返し読み返さなければならない古典だ。
(自分の読みだと、人間心理を暴露する名セリフを熟読玩味することはオミットされる。まあ暗記できないので、仕方ない。)

 

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  日本の作家による「ハムレット」の大胆な読み替え。

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