odd_hatchの読書ノート

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山口雅也「キッド・ピストルズの醜態」(光文社文庫) 古い形式や趣向を21世紀に生き延びさせようとするレトロな志向の短編集

 キッド・ピストルズの説明は下記を参照。本書は2010年に出た第6作なので、とても息の長いシリーズだ。例によってマザー・グースの歌詞の通りに事件が起きる。
2019/11/1 山口雅也「キッド・ピストルズの冒涜」(創元推理文庫) 1991年

だらしない男の密室 ・・・ とてもだらしない「片づけられない症候群」の男が密室の中でバラバラ死体になっていた。中には彼の自伝を書くことになっていた小説家がいた。彼は見覚えのない紙片(マザー・グースの歌詞)をもっていた。男は金融業を営んでいたが最近廃業し、莫大な資本を専用の金庫に収蔵していた。脱出奇術の助手を務める妻と離婚訴訟を進めていて、同時に医療過誤の訴訟も準備していた。中にいた小説家は同じ自伝の草稿を三度も送っていた。室内の施錠は完璧であり、中にある棺も使われた様子はない。脱出方法がわからないまま、キッド・ピストルズはアリバイを検討する・・・。密室トリックには機械的心理的の二種類があるが、これは第三の道を開いた。そういえば、同じ趣向の国産小説が本作発表である2010年の数年前にベストセラーになっていた。なお、この事件で「キッド・ピストルズの醜態」が起こる。

《革服(レザーマン)の男》が多過ぎる ・・・ 一年前に女性を誘拐しては殺害するサイコパスの事件があった(ハリス「羊たちの沈黙」の類似事件と思いなせえ)。犯人は逮捕され精神鑑定のために留置されていたが、ハロウィーンが近づいた霧深いロンドン近郊で、レザーマン(というかレザーフェイス)の恰好をしたサイコパスが女性を誘拐するのが目撃された。しかし、被害者はそれを否定したし、いっしょに廃工場を捜索した前夫も否定した。ハロウィーンの前日、殺されて皮をはがされた死体が見つかり、収監中の犯人が暗躍していると思われた。実際、そいつはテレポーテーションができると豪語する。いったいどうやって・・・。登場人物が少ないのに巧妙なミスディレクションですっかり騙されました。「羊たちの沈黙」のパロディシーンがあり、レクター博士もどきをこけにし、トリックを仕掛けるパンク探偵が痛快だった。途中にクリスティ「ABC殺人事件」のように重要容疑者のモノローグが挿入される。これもレッドへリング。最後にそういうわけだったのかと腹を抱えました。このあたりのお遊びの手際が良い。
 そうそう、冒頭に「ナムヌム」という肉専用の調味料(ソース)がサイコパスの台所にあった。解説はスルーしていたが、すれっからしのレトロファンはロード・ダンセイニの「二瓶のソース」の引用であることがすぐにわかるのです。

三人の災厄の息子の冒険 ・・・ 街頭に立つ娼婦を狙った猟奇殺人が頻発する。なぜかマザーグースを聞かせてから歌詞の通りに殺すという不思議な事件だった。犯人は捕まったが疑義があるということで、キッドとピンクは再調査を命じられる。というイントロのあろ、ジェリー、ジェイムズ、ジョンの三人が閉鎖病棟で目を覚まし、みな同じ顔をしているのがわかり、病棟から脱出しようとする。そこにキッドとピンクも加わり、三人が別のマザーグースの歌詞の通りに殺され、死体が消えていくのを捜査する。どうやって脱出するのか、いや脱出口のないこの建物はいったい何か・・・。「シリーズ中もっとも実験的な設定に幻惑される異色作」と裏表紙で煽っている。たしかに、キッド・ピストルズは探偵の服装や言葉使いは異様であるが(それは1990年代の話で、ヒップホップなどがある2023年に読むといささかアナクロ)、小説は古典派短編探偵小説の定石に則ったとても厳密な形式で書かれている。それと比べると、この作は確かに「異色作」。でもすれっからしのおれは1980年代のギブソンやエフィンジャーなどを思いだしてしまったので、仕掛けはすっかりわかってしまったのだ。でも、なぜそうしたか、なにを捜査したのかまで思い至らなかったので、キッドの説明にすっかり驚かされたのだった。
〈参考エントリー〉
2023/09/12 西村京太郎「七人の証人」(講談社文庫) 1977年
2018/10/19 岡嶋二人「そして扉が閉ざされた」(講談社文庫) 1987年
 21世紀にはもっとたくさん書かれている。

 

 解説者は「本編における推理は、眼前に広がる世界そのものを疑わなければ真実に到達できないものなのだ。シリーズ誕生から二十年以上の時を経てもなお革新的であろうとする山口の姿勢をここで垣間見た」という(P382)。ここは違うと思う。サマリーの感想で言ったように、作家は過去の探偵小説のフォーマットに極めて忠実。「眼前に広がる世界そのものを疑」うミステリはそれこそ「そして誰もいなくなった」からあった。作家はその趣向に最新の意匠を加えたのだ(実際に、「三人の災厄の息子の冒険」と同じ趣向の作品は1980年代からある)。「《革服(レザーマン)の男》が多過ぎる」だって、目撃者の証言を関係者全員が否定するという趣向で見れば、アイリッシュ「幻の女」の正当な継承者であることがわかる。サマリーに書いたように小ネタでもふるい探偵小説を盛んに引用している。むしろ作家は古い形式や趣向を21世紀に生き延びさせようとするレトロな志向の持ち主なのだ。

 

山口雅也キッド・ピストルズの醜態」(光文社文庫

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