odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

山口雅也「落語魅捨理全集 坊主の愉しみ」(講談社文庫) 全編を暗記して復唱すれば落語として上演できそう。

 落語はのなかには不可能な謎が現れることがある。落語では落ちをつけるので謎はそのまま放置されるのだが、ミステリーマニアには合理的な解決をつけたいと思うものがいる。と言って知っているのは都筑道夫の「なめくじ長屋」第5巻きまぐれ砂絵がそう。副題が「なめくじ長屋とりもの落語」とされた版もでていたくらい。あるいは魔夜峰央の「パタリロ」が落語の換骨奪胎、パスティーシュをやっていた。
 それ以来の落語ミステリーを読む。2017年刊行。

坊主の愉しみ ・・・ 収集癖のある坊主が茶屋に入ると、疥癬持ちのどら猫が絵皿で餌を食っている。見ると絵皿は名品。茶屋の親父に猫を買い取るというと、猫はいいが絵皿はダメだという。ここまでは落語のとおり。それがダール「南から来た男」になり、さらにトンでアイリッシュ「爪」の変奏になる。

品川心中幽霊 ・・・ 品川の遊里。遊女が紋日を前に思案。その日は郭でどんちゃん騒ぎに、心付けを配らないといけないが、金がない。そこでうっかり八つぁんをたぶらかして心中することに決めた。いろいろあって八を海に投げ落とし、自分は生き延びたが、そこに八の親分の棟梁と坊主がやってきて、八が生き返ったと因縁をつけに来た。落語は八の幽霊が出たでおしまいになるが、ここでは生き返ったことになった。落語が地口落ちであるのを踏襲。

頭山花見天狗の理 ・・・ 花見の席でニセの敵討ちを演じて小銭を稼ごうという話と、頭に桜の木が生えて花見客で大賑わいという話のハイブリッド。

蕎麦清の怪 ・・・ 蛇が大きな獲物を飲み込んで苦しんでいるところ、ある草を食べるとすっきりしてしまう。蕎麦の食べ比べがあるのでその草を積んでいった・・・という落語話を、傍観者視点で語る。

そこつの死者は影法師 ・・・ 八兵衛のそっくりの七兵衛がでてきて、生き別れの双子の兄よ弟よと喜びあううち、七兵衛は兄八兵衛の事故死体と見つけ、しかし七兵衛は八兵衛の死体を担ぐことになり・・・。

猫屋敷呪詛の婿入り ・・・ 猫アレルギーの男が猫好きの女と結婚することになり、よごとに行燈の油を舐める音が聞こえ・・・。ハーンの「ろくろ首」とのハイブリッド。
(昔の奉公人の食事は米と漬物だけ。脂肪とタンパク質が不足するので、灯油につかった菜種やイワシの油をくすねて飲んでいたとか。化け猫の仕業にしたのはそういうわけがあった、とかいう話をどこかで読んだ。)

らくだの存否 ・・・ 大男の「らくだ」が河豚にあたって死んでしまった。それに居合わせた匕首松九、二人ばおりのようにおどらせると、香典を手に入れられる。そこで屑屋といっしょに長屋を練り歩くと、らくだは生ける屍になり、ほかの河豚中毒死者も存否(ぞんび)になって長屋に集まってしまった・・・

 

 前掲の「なめくじ長屋」のあとがきで、都筑道夫は、

落語が力をうしなったのは、歌舞伎は細部がわからなくても、見た目の美しさに、酔うことができる。しかし、落語は耳だけのものだから、江戸の知識がないと、わからないせいだろう。小説のテンポが崩れそうになるのも私がおそれないで、江戸の風物を詳説するのは、そのせいである。うるさく思わずに、江戸を吸収していただきたい。

といっている。本書でも落語の妙を語るのであるが、江戸の風物はもう描写しない。もう読者は知識を得ようとしないせいだろう(1970年以降の時代劇が江戸の再現はあきらめ、19世紀前半のコスプレをした現代劇になっているのと同じ)。かわりに、著者はオタクが喜びそうな外来知識を挿入する。だから「御爾羅」がでてきて、「匕首松九」が出てきて(いずれも出典は書かないよ)、般若心経を歌謡曲にし、ダールの短編が引用される。21世紀の読者は日本の伝統より、外来のほうに関心があるからね。
 ミステリ―のタイトルはついているが、合理的・科学的な解決は必ずしもしていない。全編を暗記して復唱すれば落語らしく聞こえるように、オチをつけることを目指している。誰か上演していそう。
 でも、浜田義一郎「にっぽん小咄大全」(ちくま文庫) で感じたように、この列島の笑いは貧乏人や女性、マイノリティをバカにするのが大半。落語もそういう笑いが多いので、俺は全然楽しめなかった。漢字の造語や当て字(外来語にそれらしい漢字をあてて造語するのは都筑道夫が「なめくじ長屋」シリーズで先行)、繰り返されるギャグなど著者の技術には感心するものの、ストーリーが素通りしてしまうのだ。最後の「らくだの存否」では生と死の境界問題や、小説と作者の壁を壊す趣向が登場するかと思ったがそれもない。すでに「生ける屍の死」「日本殺人事件」でやりつくしたのかな。期待したけど肩透かしでした。

 漢字の使い方やデフォルメしたキャラは以下の作に共通してる。
2022/11/17 深水黎一郎「花窗玻璃 天使たちの殺意」(河出文庫) 2009年
2022/11/11 深水黎一郎「言霊たちの反乱」(講談社文庫) 2015年

 

山口雅也「落語魅捨理全集 坊主の愉しみ」(講談社文庫)

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