2024/11/08 フョードル・ドストエフスキー「悪霊 上」(新潮文庫)第2部2.3.4 スタヴローギンは殺人扇動をし、決闘でピストルで相手を狙わない。 1871年の続き
第2部になって3分の1ほどが経過するが、スタヴローギンの決闘という出来事のほかは静かなのである。しかし、我らの主人公スタヴローギンは歩き回り、ピョートルは策謀の仕込みを進め、懲役人フュージカはどこかに潜伏して機会をうかがっている。キリーロフとシャートフとレビャートキンはスタヴローギンとの間に確執があり、過去のできごとは清算されていない。
第5章 祭りの前 ・・・ 二つのエピソード。一つは、県知事夫人ユリアが祭りを準備しているが、主催するサロンのメンバーがセミョーン・ヤーコレヴィチ聖人を見物に行った。その帰途、リザヴェータがスタヴローギンを平手でたたいたらしい。次に、ワルワーラ夫人がステパン氏を呼び出し、終身年金3000ルーブリを保障するから、家から出て行けと三行半を下す。ステパン氏も興奮して、ワルワーラ夫人に言い返した。
(聖人は民間の行者で人気があった。途中、市内の聖像が破壊され宝石が盗まれた事件があった。犯人は懲役人のフュージカであるとあとでわかる。リザヴェータは自分の宝石を寄進し、ぬかるんだ道の上で礼拝し、服が汚れたままにした。リザヴェータは町では不人気で陰口をたたかれている。そういう人が行った行為。ラスコーリニコフの大地の接吻と同じ意味合い?)
(途中、19歳くらいの若者が400ルーヴリをバクチやなんかで「蕩尽」したのを見物にいく。「悪霊」のテーマの一つは自殺だが、この無名氏の自殺の位置づけは?)
第6章 奔走するピョートル ・・・ 県知事レンプケは県内でコレラが発生し、労働運動・反帝室運動の檄文がまかれていることに苦慮している(コレラが発生したシャピグリーンの工場は運動の中心であるとみられている。これら発生後閉鎖中)。弁舌で県知事夫人に取り入ったピョートルはいまや県知事の執務室に自由に出入りできる。今日はシャートフを助けろと頼みに来た。彼が言うには、街には7人の革命党があり、シャートフ、キリーロフ、大尉の3人までは分っている。檄文の詩はシャートフのものだが、印刷したのは彼ではないからだ。その証拠に、印刷を国外でやれとシャートフが書いたキリーロフ宛の手紙がある。県知事は要人暗殺をたくらむという密告の手紙をピョートルに見せる。ピョートルは誰が書いたか調べると持って行くことにした。
(県知事レンプケは「罪と罰」のポルフィーリィのような頭の切れる男ではない、ただの官僚。だから帰国にあたって「改悛」を見せたピョートルを信用してしまう。もちろん、ピョートルは革命党を一旦壊滅させ再編する謀略をたくらんでいるのだろう。というのはペテルブルクの上官からは反帝室運動の情報が入り、この街が運動の中心にあるらしいからだ。放置していては失職するので、ピョートルのようなスパイは利用価値がある。)
作家カルマジーノフを訪問して朝食をおごらせる。カルマジーノフはロシアに未来はない、どこの神も信じないと言い、領地を売ってヨーロッパに出国するつもりだという。ピョートルに檄文はいつ実現するかと尋ねると、今年中10月までにと返事する。
(ドスト氏の陰険さかしら。西洋派の論客が現状の変革に立ち上がらずロシアから逃げ出すのを揶揄する。)
キリーロフを訪問。帰国前に約束した自殺の念押しにきた。キリーロフは約束はない、意思でやるという。では決行の前日か当日に遺書を二人で書くことを承諾させる。キリーロフ「自殺は檄文の責任を取ることで人の役に立つだろう」。ヴェルギンスキーの命名日の会に紙とペンを持ってこいと命じるがキリーロフは拒否。
(キリーロフはシャートフと仲たがい。一方、スタヴローギンのためにならないことはピョートルにやらせないと脅す。ピョートルはシャートフを「始末」する算段をつけているらしいことがわかる。)
上の階のシャートフを訪問。ヴィルギンスキーの命名日を口実にした「会」で、シャートフの脱会の打ち合わせをする。印刷機と書類(檄文の原稿、会の資料など)を持ってくるように要請。シャートフは断るが、スタヴローギンが来るというので承知する。
(シャートフは書類で脱会の手続きは済んだと思っている。運動体なら書類で離党や離脱するのは当たり前なので、ピョートルらがやろうとしているのは会議を口実にした査問であり、リンチなのである。それは次のスタヴローギンとの会話で明らかになる。)
つづいてスタヴローギンを訪問。そこにはマヴリーキーが来ていて、リザヴェータと結婚してくれと頼む。リザヴェータが半狂乱の態でそうしないと収まりがつかないというのだ。スタヴローギンはマヴリーキーにそのあと自殺するのかと尋ね、すぐではないがいつかでもしないかもと答える。スタヴローギンは結婚できないのだというと、マヴリーキーは事態(スタヴローギンが既婚だということ)を察する。
ピョートルが来て、会にいっしょに行こうとさそう。その集まりは4人しかいないが、人数は関係ないという。肩書とセンチメンタリズムを用意すれば人は集まるし、熱心になる。そこでスタヴローギンは4人のうち一人を粛正すれば流された血でもっと結束するとからからと笑う。ピョートルは君とおれの二人の「中央委員会」があり、外国から来た顧問だと名乗れという。
(通常はピョートルの説明を社会主義の秘密結社、国家転覆をたくらむ陰謀組織とみる。しかしアーレントの「全体主義の起源」のあと、彼の説明は全体主義運動の説明そのものでることがわかる。ごく少人数の指導者、周辺にいる幹部がある。幹部に与える肩書やセンチメンタリズム(むしろイデオロギーというほうが適切)は下記リンクを参照。とくに4つ目のエントリー(☆印のもの)。
2021/12/03 川崎修「ハンナ・アレント」(講談社学術文庫)-1 2014年
2021/12/02 川崎修「ハンナ・アレント」(講談社学術文庫)-2 2014年
2021/11/26 牧野雅彦「精読アレント「全体主義の起源」」(講談社選書メチエ)-1 2015年
2021/11/25 牧野雅彦「精読アレント「全体主義の起源」」(講談社選書メチエ)-2 2015年 ☆
2021/11/22 牧野雅彦「精読アレント「全体主義の起源」」(講談社選書メチエ)-3 2015年
ピョートルは全体主義運動の第一幹部にあたる役に付こうとしている。本人は「スタヴローギンの秘書役」と謙遜するが、まあ同じだ。そして「会」「サークル」「集まり」は何かの社会転覆を狙っているように見えるが、実際にやっていることは組織内部の統制と周囲への宣伝活動だけ。転覆の構想は常に延期され、いつまでの「革命」は迎えない。そういう全体主義運動の典型をみることができる。というかそういう運動の概念がないときに、よくここまで本質を穿ったものだ、とドスト氏に恐れ入る。)
(ピョートルは奔走するが、何かの構想を持って動いているようには見えない。スタヴローギンの気まぐれや冗談を真に受けて、そのまま愚直に実行する。キリーロフもシャートフも誰かがきっかけや指示を出すのを待っていて、そのタイミングで動くようにしている。「地下室」「屋根裏部屋」で孤独に考えることは自発的に行えるが、自分からアクションをすることはない。つまり「踏み越え」で逡巡することはない。でも自分からは動けないので、誰かの声を待っている。)
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2024/11/05 フョードル・ドストエフスキー「悪霊 下」(新潮文庫)第2部7.8 ピョートルの秘密結社は全体主義運動の陰謀団になり、スタヴローギンは首領になるよう懇願される 1871年に続く