odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

中西準子「下水道」(朝日新聞社)

 著者は東京大学工学部の助手(当時)で、宇井純の同僚ということになる。
 通常、工学部の教員が啓蒙的な本を書くとなると、自分の専門分野に特化したものになりがちであるが、著者は1980年前後にいくつかの地方都市から下水道計画のアセスメントを行うように要請され、そのときの記録を書くようにしている。そのため、下水処理の技術的な検討はほとんど遠景になり、むしろ下水道に関する行政(国・地方)のあり方や、それに群がる土建屋設計事務所など民間法人の問題である。1980年当時から公共事業ないし大規模施設の着工にあたっては事前に環境アセスメントを行うことが義務付けられるようになった(1970年代の公害問題から)。アメリカなどでは一般市民と行政をつなぐしっかりした自治と民主のルールにのっとって運営されるが、日本では単なるマヌーバーとしてしか使われない。そのあたりの欺瞞的な状況が詳細に書かれている。
 当時、下水道は全国で30%にもみたない普及率であり、21世紀になっても66%しか普及しない計画であると建設省あたりがいっている。調べてみると、2004年の下水道普及率は67%。2011年で75.1%だって。この数字も都市部の普及率が高いからであって、地方にいくと50%を割っているところがたくさんある。
下水道を調べてみよう - 下水道普及率:日本下水道協会キッズページ『スイスイランド』
 イギリス、スイスなどが95%超の普及率。
http://www.stat.go.jp/data/sekai/16.htm
 上記の日本下水道協会のサイトでは、「日本では下水道が各地に広がり始めたのは、つい30年ほど前からです」とあるけど、この本を読むと違うよね。1970年代ですでに、下水道の建築は始まっていたし、地方自治体で工事を開始しているところはあったのだよ。
 下水道は社会的共通資本であり、それを使用する人のためでなければならないのであっても、実のところは官が主導権をとるための道具として使っているのであって、効率にも環境にも住民にも配慮したものにはなっていない。そのために、多くの下水道は、環境負荷が大きく汚染を拡大する、常に過大な需要予測に基づいて作られるためコスト過多になり負担が住民にいく、工場その他の企業の汚水を住民負担で処理することになる、河川を流れる水は一回しか使われず水不足を加速する、作った側の責任が問われることはない、という代物になっている。この節は1980年代初頭のころも状況を記述。
 著者の考える下水道は
(1)工場その他企業が発生する汚水は、自社で処理するべきであり、下水道に流入してはならない。
(2)自然の自浄作用を有効に使い、農業用水との併用を考えるべき。
(3)下水処理施設をどのように建設するかは、住民のイニシアティブで決定する。
などであり、つまりは自治のあり方などの政治と、投資と維持そして効用を考慮する経済と、効率的な処理方法と運営を行う技術のそれぞれの問題に熟知していなければならないきわめてデリケートで壮大な問題なのだ。そしてできれば下水道のないやりかたになること(工場、家庭など汚水を発生する現場で処理できる)こそ理想的なあり方なのではないかと思うようになる。