odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

小宮山宏「地球持続の技術」(岩波新書)

 持続型社会のあり方を科学技術の面から提起した啓蒙書。エネルギー保存則程度の科学知識で資源やエネルギー問題の解決方法を提示している。これまでこの種の本では必ず「エントロピー」が登場し、その理解に苦しむものだが、ここでは一切使っていないというのが高ポイント。なるほど多くの環境・資源・温暖化の問題は「待ったなし」で「行くも戻るも地獄」のような印象であったが、ここまで技術的な問題に絞るのであれば解決可能であるだろうと、明るい感触を持つことができる。とはいえ、ここに提示されたやり方(もちろん多くはまだ中途半端な技術で実用化にはほど遠いものが多い)を実現するためには非常に多くの事柄を解決しなければならないことはたしか(ほとんどは社会の合意を得るための手続きだ)。先はまだ長い。2050年を最初のターゲットにしようというプロジェクトであるが、そこまでに3代は人が入れ替わることになるのだから。さらにいうと、ことは日本一国に限定されるのではなく、汎地球的な合意を得て、実現していくことであり、それぞれの国も経済や教育の段階によって合意を得ることは非常に難しいのだ。
地球は持続できるか ・・・ 3つの問題は、1)化石資源の枯渇、2)地球温暖化の進行、3)大量の廃棄物の発生、となる。
エネルギーを知る ・・・ エネルギーの使われ方を見ると、エネルギー変換、ものづくり、日々の暮らしにそれぞれ使われる に分けられる。最終的にエネルギーは熱に変換されるが(厳密な議論はおいておく)、低い温度の熱は価値が低い。すなわち、エネルギー保存則は働いても、その質は劣化していく。なので、21世紀は、省エネルギーを推進して石油資源の枯渇を延命、非枯渇性のエネルギーの開発、その後の自然エネルギーによる全面代替を図るという方針になる。
省エネルギーはどこまで可能か ・・・ 省エネルギーの方法は、1)低温の熱に変化することで劣化するエネルギーを減らす(ヒートポンプ)、2)低温熱になるまでにできるだけ多くのことをさせる(電気ストーブではなくテレビや照明熱で暖房)、3)必要なエネルギーを減らす(断熱ハウス)となる。理論的にはエネルギーゼロで輸送や合成などができるが、実際には摩擦などのおかげで効率は低下する。
日々の暮らしの省エネ技術 ・・・ 具体例として、自動車、エアコン、断熱、照明、発電所を検討。ときには家1軒ごとに対応するより、地域まとめた仕組みのほうが効率的である可能性がある(給湯など)。
ものづくりとリサイクル ・・・ 鉄鋼やセメント、アルミニウム、ガラスは循環型の仕組みができつつある素材。リサイクルのポイントは、濃度が高く、分離しやすく、集中して存在すること。一方、エネルギー資源としての燃料は必要。なので物質(素材や製品)として循環させることにこだわる必要はない。たとえば古紙やプラスチック。あとリサイクル品に高品質を求めると、天然素材からの製品よりもエネルギー投入量が高くなることがある(だからリサイクル品の用途には限定がある)。
自然エネルギーの導入 ・・・ 原子力発電というとき、理想的なそれと現実のそれがある。理想的にはエネルギー効率は高いが、現実は石油依存。安全性からも選択できない。なので、太陽光、バイオマス、水力、風力、地熱、潮汐あたり。これらの問題は、密度が低く、安定性が乏しく、自然状態で生産量が左右され、蓄積・保存しにくい、あたり。
地球を持続させるために ・・・ 前提になるのは、1)途上国の近代化を否定できない、彼らの貧困は解決すべき、2)ライフスタイルの変化(端的には節約だ)に過度に期待してはならない、1999年から2050年に自然エネルギーへの全面移転は不可能とみなせる、ということ。なので、世界人口が最大になると予想される2050年の到達目標を「ビジョン2050」として提案。A)エネルギー効率3倍以上(家庭、オフィス、輸送の使用エネルギーを25%)、B)素材つくりの現場は現在の3分の1、C)積極的な技術移転で削減の余地のある国や地域を改善(当時のターゲットは中国とロシア、東欧諸国)。手段はリサイクル、技術開発、技術移転。
技術は社会とどう向き合うか ・・・ リサイクルにあたっての注意は、1)混合を防ぐ回収、2)製品設計と規格化、3)最少量の排出、4)最適な規模を作ること(再生や分別は大規模がよい、生ゴミ処理やヒートポンプは家庭ごとの小規模がよい)
 「環境問題」とか地球の環境という問題を設定したときに、どこから手を付けてよいのかわからない。人口問題を語る人もいるし、経済問題を提出する人もいるし、南北格差の解消を主張する人もいる。そのあたりに思想や主張があると話はややこしくなる。技術や科学の良いのは、問題からとりあえず「自分」を切り離して、解決可能な個別に分類し、優先順位をつけられることにあるのかな。ここまでに分類、整理されていれば、実現可能なところをそれぞれの分野の専門家に相談しながら解決していけばよい。
 もちろん気を付けないといけないのは、1)個々に分解された要素の合計が全体と一致しているという保証はないこと、だから問題設定を検証し変更していかないと、2)部分最適全体最適ではないこと、規模の問題が提起されているように、排出物を少なくするために自動車にのって安いファーストフードを食べるのはちっともよくない、でも当人はエコに寄与している気分になれる、あたりかな。
 ここに抜けているのは、経済であり(これらの解決を市場に任せるのか、国家がイニシアティブをとるのかなど)、政治であり(国家間の調整をどうするのか、国家や企業の指針をだれがどのようにつくるのか、地方自治体に任せるのか、住民の同意をどうやって得るのか、反対者に対する説得をどうするのか、など)、その他いろいろ。そこはまた別の専門家の議論を聞いて反映していくことになるのか。とりあえず、この本は21世紀のエネルギーや資源、リサイクルなどを考える人にとっては古典になるべきで、すくなくとも上記にまとめた背景までふくめて理解しているべき。本が書かれて10年たち、自分の個人的な見聞きだと、技術の成果はだいぶ出てきたようだが、社会的合意のところでは混乱がある(そこに便乗するかのようにニセ科学やニセ学問が跳梁跋扈という危惧する状況もある)。