odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

フリーダ・ナイト「ベートーヴェンと変革の時代」(法政大学出版局)

 訳者あとがきによると、たとえばロマン・ロランのような過去の一時代にあったベートーヴェンの伝記と比較すると偉大ではない、ということだ。もちろんこれがいいがかりなのは、作者はそのような偉大で巨大な天才の人物像を描こうという気持ちはさらさらないことから明らかだ。作者は、ベートーヴェンを自分の規範とするつもりはなく、人生の指標とするつもりもない。彼女の描きたいのは、通常の音楽家の伝記よりももう少し大きく時代の移り変わりを描きたいということ。その結果、ナポレオンの脅威と驚異がどのようにウィーンやその周辺に影響を及ぼしたかがあきらかになり、どのように人が流動したかも見えてくるようになる。フランス革命は、市民の価値を大いに上げることに成功したが、同時に国境を強化して人の自由に行き来することを難しくすることになった。つまりは19世紀のネーション=ステートを誕生させることになったのだ。そのあたりの感覚が見えないと、コスモポリタンな感覚と民族主義的な意識を持つベートーヴェンという個人はよくわからない。そういう歴史意識でいると、ベートーヴェンを単純に天才とか偉大とか気楽に言っているわけにはいかなくなり、もっと複雑で多感な存在として、彼の人となりや作品をみることになる。作者の主張はこのあたりかな。
 カバーにかかれた作者経歴を見ると慄然とするところがある。生まれは1920年代。長じるころにはナチスによるフランス占領があった。この人はレジスタンスを行い、かつ収容所送りを経験している。サルトルレヴィナスの経験を両方味わった人。戦後は、リベラルな活動をしている。この経歴をみても、「偉大」「天才」を描くわけはないというのを納得することになる。

 あまりベートーヴェンの評伝その他は読んでいないけど、エントリにあげる予定はないが一度は手元にあったものをリストアップ。
2011/04/17 ロマン・ロラン「ベートーヴェンの生涯」(岩波文庫)
2011/12/31 リヒャルト・ワーグナー「ベエトオヴェンまいり」(岩波文庫)
2017/04/11 アラン「音楽家訪問」(岩波文庫) 1927年
2012/11/29 諸井三郎「ベートーベン」(新潮文庫)
2017/04/12 青木やよひ「ベートーヴェン・不滅の恋人」(河出文庫) 1995年
2017/04/10 テオドール・アドルノ「ベートーヴェン 音楽の哲学」(作品社)