odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

テオドール・アドルノ「不協和音」(平凡社ライブラリ) アドルノの考えるあるべき姿の音楽は否定の向こう側にぼんやりと姿をみせているのだろう。

 アドルノは過去に何冊か読んでいる(「啓蒙の弁証法」「アルバン・ベルク」「楽興の時」)のだが、とてつもなく難解だった。ところが、ここに収録されているエッセイは非常にわかりやすい。

1 音楽における物神的性格と聴取の退化 ・・・ 現代のことを書いているのか、と思うくらいにアクチュアリティのある文章。音楽を消耗する消費者、堕落した音楽を供給するメディアや音楽人、そんなことがつづられている。1940-50年代のアメリカのライフスタイルをもとにした議論だけれど、同じことを21世紀初頭の日本のわれわれもやっているのね。

2 操られた音楽 ・・・ 1930年代のソ連の音楽に関する政策を批判したもの。たぶんナチスの音楽に関する政治も批判は及んで
いるはず(言及されていないが、音楽をめぐる状況に差はあまりないだろうから)。批判される側が消失してしまっているので、文章の鮮度は落ちたかな。

3 楽師音楽を批判する ・・・ ここでは大衆化した音楽運動の批判。ドイツで行われていた合唱や民謡、童謡の啓もう活動が批判の対象なのだろう。批判のポイントは、この音楽運動で使われる音楽は俗化、劣化していて、アドルノの期待する音楽が生産、流通していないこと。困ったことに、この音楽運動でさかんに歌われていたシュッツはだめな音楽だとみなしていること、それにブロックフルーテ(リコーダー)、アコーディオンバンドネオンは低級な楽器だと言っていること。アドルノピアソラを聞いてもやはりだめな音楽というのだろうなあ。
※ ここで記述されているドイツの合唱運動は、20世紀初頭のワンダーフォーゲル運動の系譜にある学生運動だとおもう。なので、上山安敏「世紀末ドイツの若者」(講談社学術文庫)を読んでおくとよい。

4 音楽教育によせて ・・・ それをうけてアドルノの音楽教育のありかたが提案される。音楽教育の目的は、音楽の精神・構造を批判的に聞くことができ、すぐれた楽器のひとつくらいは演奏できるようになること。そのために音楽教育では、総譜をよめるようになること、楽曲分析ができるようになること、初見演奏ができるようになることがのぞまれる。これはキツイなあ、アドルノさん。たしかにあなたは12歳でワルトシュタインをピアノで弾けたそうだが、それができる子どもはそんなにいないのじゃないか。要求が高すぎるようだし、音楽教育のビジョンが共有されるとは思えない。

5 伝統 ・・・ ここらへんから「わかりやすい」を撤回したいなあ。シェーンベルクウェーベルンらの新しい音楽は伝統のうえにあるが、次に何が起こるかを予期させない音楽ということで伝統から外れている。どうもアドルノ先生の「伝統」の語が指すものは3つくらいあるらしく、その使い分けがあいまいだから自分には論旨が行方不明になる。途中から「伝統主義」というのがでてきて、ナチスの青年運動や音楽運動の批判になる。どうも十二音学派の擁護のために難しくしたように思えるなあ。

6 新音楽の老化  ・・・ 1950年代になると偉大なシェーンベルクウェーベルンらの新音楽は、さまざま人に普及し、いろんな作品が書かれている。でもバルトークやストラビンスキーらのかつてのライバルのものとか、ブレーズ、ノーノらの次の世代の作品は、「新音楽」の重要なところをしっかり把握していないみたい、という論述。どうやらアドルノ先生の「新音楽」は1920年代の記憶とともにある彼の脳内でしか存在しないように思えるのだが、いかが。


 このエッセイからはアドルノの考えるあるべき姿の音楽の姿は直接かかれない。否定の向こう側にぼんやりと姿をみせていて、それは読者が考えることなのだろう。迂回と否定の先になる何事か。そこにアドルノ先生は到達したのかしら。凡庸な自分はその道をたどることができるのかしら。
 もうひとつ。ここでアドルノは「トンデモ」理論の批判をおこなっているのだが、彼の議論の進め方や批判の方法は「トンデモ」を封じるものになるだろうか。


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