odd_hatchの読書ノート

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上山安敏「世紀末ドイツの若者」(講談社学術文庫) ドイツの学生は下宿住まいで学生組合に参加する。民族主義的な学生運動が生まれ、全体主義運動に取り込まれる

 1890年から1920年までのドイツの学生はどのような生活をしていたのかを俯瞰する資料。内容に触れる前に前史を確認しておかないといけない。もともと「ドイツ」には放浪学生の習慣があった。ようするによい教師を求めて、自由に大学を移動する権利をもっていたわけだ。当時でも個々の大学の入試を受けるのではなく、資格試験に合格すれば、大学を異動することはむずかしいことではなかった。その影響であるのか、学生はたいてい下宿住まいだった。通常学生は学生組合に所属して、行動をともにしていた。まあ、つるんでいるわけで、かつ組合ごとに服装や儀式その他が異なり、他との差異化をはかる。重要なのは、組合の卒業生が官僚にいるわけで、有力な組合にいればその後の職業で有利に働くことがあった。英国の私立大学が全寮制であったことと対照的である。もうひとつ重要なことは、それ以前のローティーンまでの教育はギムナジウムの全寮制であり、年齢・学年による管理・支配の関係があり、また教師と生徒の間の関係も厳格であった。さらに、プロテスタントの厳格な宗教教育があった。「車輪の下」あたりが参考。ギムナジウムを卒業すると、下宿住まいになり、抑圧からの反動で自由奔放にいたり、大学に行かなければ居酒屋にたむろしていた。

 1890年代の大きな出来事は、(1)キリスト教の厳格な教育への批判が起きていたこと(そこにはニーチェが学生で読まれだしたことも関係している)、(2)社会ダーウィニズムマルクス主義などの右派左派からの社会批判が起きていた、(3)この本には書かれていないが、大学の卒業生は官僚になるのであったが、たぶん産業界に行くようにもなった。そういうコースができたことも学生意識を変えていく。社会エリートの候補生、多少の無頼も許される、みたいなことに批判的になっていく。
 そういうところの批判として、いくつかの学生運動が始まる。「学生運動」というが政治的ではないところから始まった。最初はワンダーフォーゲル。休日に森や遺跡を巡る徒歩の旅。10年もたたずに全国に数百の団体が生まれる。特長は、ゲルマン主義的ロマン主義的であること、反デカダンスであること(禁酒、禁煙、童貞)、など。まあ身体を鍛え、節制し、禁欲の生活を送ることがゲルマン的な正しい人種になるのだ、そのような国家を唱導するエリートは正しい生活をしなければならないという主張。さらに加わるのが、民族主義的な意匠。ゲルマン民族の魂みたいなものをヘブライズムではなく、森の中に見つけよう、たとえば民話であり民謡であり神話だった。おのずと政治的には右派に近づくことになる。多少の政治性を備えた運動が1913年に創設された「自由ドイツ青年」で、一部はのちにナチスヒトラーユーゲントに流れ込んだ。それ以外にもワンダーフォーゲルの身体性に親和性の高い運動として、裸体運動(ヌーディズム)があり、シュタイナー教育があったり、ブラバツキー夫人らの神智学もあったりする。彼らの一部は古代の聖地に「神殿」を建て、若い者たちによるコミューンで共同生活をする者もいた。(このときに起きた民謡復興運動、合唱活動はしばらく続いた。アドルノ「不協和音」所収の「楽師音楽を批判する」で激しく批判されている。)
 もちろん古いドイツの学生団体の雰囲気も濃厚に残していて、儀礼になった決闘を行い(フェンシングよりも動きを制約している。身体のどこかを傷つけたら終了になり、顔に傷を持つことは名誉だった。たとえばニーチェウェーバーがそのような傷跡を持つ)、居酒屋で高歌放吟していたのだった。また学生たちは娼家にでかけ、性病を移されるものも多かった(ニーチェに起きたことは別に特殊なことではない)。それがあるので、上記の新しい学生運動には反デカダンスの実践があったのだった。アメリカのストレート・エッジ運動のはるかな前駆になるのかな。
 自分にとっては、社会主義運動・共産主義運動とは一線を画す若者の運動があったことに興味を持つ。さらに、彼らの運動がある程度の一般性をもっていることを面白いと思った(一つの運動体が分派活動を行うとか、思想性を排除して身体活動神秘主義に流れていくとか、共同生活の実験を行うとか)。この国でも、1880年以降に民権運動があり、1900年ごろからの雄弁会活動があり、1920年代の白樺派のコミューン実験があったりなど、共通しているところがある。さらには1960-70年代アメリカの政治運動とその対抗運動などにも共通性を見出せそう。いろいろと面白かった。まあ、彼らのような青春を送りたいとは思わないが。

「ドイツの若者のイメージを代表するワンダーフォーゲルは、反世紀末的で、反デカダン的であった。彼らは世紀末を次の世紀への飛躍の兆候としてとらえた。若者たちが創り出した雑誌「ユーゲント」も未来への希望を表現した。ドイツの世紀末は、パリやウィーン風の終末論的世紀末と異なり、未来志向の世紀末転換期であった。世紀末に生きるドイツの若者の生態を文化史的観点から斬新に描いた名著。」
『世紀末ドイツの若者』(上山 安敏):講談社学術文庫|講談社BOOK倶楽部